バイバイ・ミルク



「ゴー・・・シュート!」
「ゴー・・・シュートッ!」
威勢のいいかけ声が響き渡る。
幼なじみの背中越しに見つめる、真剣なレイくんは今日もかっこいい。
バトルをしている時のひたむきな姿や、仲間思いな性格。
礼儀正しさや生真面目なところは、なんというか、
「(とてもタカオと同い年とは思えない・・・)」
一歳下の従弟は今日も元気にベイブレードに夢中です。
それも当然、なんと言っても彼らは世界チャンピオンなのだから。
「ねえねえ」
「ん?なあにマックスくん」
「なまえちゃん、最近よく練習を見に来るよね」
どき。
やば、ばれてる。
「あ、うん。ごめんね、もしかして気が散るかな」
「ううん、ぜーんぜん!その反対だよ。なまえちゃんが応援してくれてるって思うと、なんだか勝てる気がするんだよね」
そう言ってにっと彼は笑顔を見せた。
可愛い、眼福をありがとう。
タカオのさらに一歳下の彼は私にとって弟も同然、なんて思っているのは内緒。
丸くなったり、さっきみたいに笑ってみたりと表情豊かな青い瞳はこの子のチャームポイントだと思う。
おーいマックス、とタカオが手を挙げて呼ぶ。
「OK、今行くー!それじゃなまえちゃん、僕がんばるから見ててね」
「うん、応援してるね」
レイくんと入れ替わりで、タカオと対峙したマックスくんはぱちんとウインクをした。
「!」
さすが、アメリカ仕込みのファンサービスはちがうなあ。
女の子のファンが多いのもよく分かる。
明るくて人懐っこく、ベイブレードだって強い。
「お疲れさま、レイくん」
「ありがとう、なまえさん。隣、いいか?」
「もちろんどうぞどうぞ」
う。
ちょっと緊張してる。
「あの、さっきのバトルすごかったね」
「ああ。白虎が青龍に組み付いて・・・あ、そうかごめん」
「ううん。どんな感じだった?」
私には当然、聖獣は見えない。
どんな姿をしているんだろう。
「こう、グワーッって飛びかかってさ。それでタカオにちょっと隙ができた瞬間、一気に攻めたんだ」
レイくんの目、きらきらしてる。
すごく楽しいんだろうなあ。
「私にも見えたらいいのにね」
「見えるさ。いつかきっと」
そう言って彼はふたたび前を向いた。

***

「な、ん、で、」
「なによ」
お前がここにいるんだよォー!とタカオは叫んだ。
道場が揺れる。
でもヒロミちゃんは顔色ひとつ変えない。強い。
「私ってほぼマネージャーみたいなものじゃない?」
「別にー?だってキョウジュがいるし」
「素直に応援してくれって言いなさいよ」
「はああ?」
そして彼女は、
「なまえさんに宿題聞こうと思って来たのよね」
といそいそと教科書を取り出す。
「へっ、ちゃっかりしてるぜ」
「そんなこと言うんならもう見せてあげなーい」
まあまあ、とマックスくんがふたりを宥める。
「どうせならみんなでやっちゃおうよ、宿題」
「そうよ。そしたらベイの練習に集中できるし」
彼らの隣では、レイくんが熱心にベイの手入れをしている。
時折、光に翳したりしながら真剣な様子で確かめていた。
私が眺めていることに気づいて彼は笑顔を見せる。
「軸がゆがんでいるような気がして」
「軸?」
ここ、と彼は言って身を寄せる。
「ちょっとだけ曲がっていないか?」
うわ、うわうわ。
突然の距離の近さに頭が真っ白になりそうになるのを必死に我慢する。
「この中心のあたりとか」
「あ、そ、そうかもね!」
「んー、やっぱりキョウジュに見てもらってはっきりさせたほうがいいか」
キョウジュなら居残りだぜ、とタカオが言った。
「居残り?なんでまた」
「委員会の仕事だってよ」
「ああ、そうなのか」
レイくんは頷いて身を離した。
ああ、よかった・・・なんだか顔が熱い。
赤くなっているのをみんなに知られたくなくて、冷やしてこようと立ち上がる。
「ヒロミちゃん、宿題ちょっと待ってね」
「はーい!」
ぱたん、後ろ手に戸を閉める。
ふう。
「(あんなの反則だ・・・)」
多分、きっと、レイくんは私との距離をなんとも思っていない。
彼の近くにいられるのは嬉しいけれど、やっぱり遠いと思う。


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