等身大の青



週末。
雨上がりの道を歩きながら、付き合う前はしょっちゅう図書館に通っていたことを思い出す。
とくに約束をしていたわけでもないのに、どこかでタイミングが重なるのを期待して週末以外にも訪れていた。
今でも時々足を運ぶけれど、あの時よりもずっと俺と彼女をつなぐものが増えて嬉しい。
信号待ち、ショーウィンドウに映った自分の顔がにやけている気がした。
「(浮かれてんな、俺・・・)」
何気ないふりをして携帯をいじりながら考える。
なまえさん、明日は空いてるかな。
天気も良いみたいだしどこかに誘ってみようか。
さっそく指先でメッセージを送る。
”明日、予定ありますか?”
我ながらそっけない文章だと思っていると、すぐに返信が届いた。
”大丈夫。でも、午後からのほうが嬉しいかな・・・たぶん二日酔いだから”
「二日酔い・・・?」
もしかして今夜は飲み会だろうか。
別にとがめる気持ちはないものの、そんなにアルコールが得意な体質ではないはずだから心配になる。
”ほどほどにしといてくださいね”
”ご忠告いたみいります”
「(なんだよそれ、)」
思わず笑みがこぼれる。
さっそく頭の中で明日のプランを立てながら、軽い足取りで横断歩道を渡った。

***

夕食の後、たまたまつけたテレビで映画をやっていた。
読んだことがある原作だったため眺めていたら、大胆なアレンジを加えて結末を変えていることに気が付く。
それがけっこう面白くてクッションを抱えて見入った。
そんな中、ふと考える。
「(なまえさん、何してるかな・・・)」
同じゼミの人や外部の大学生と楽しく飲んでいる頃だろうか。
俺はまだアルコールを飲める歳じゃないから、彼女とそういったお付き合いをするわけにはいかない。
けれど、小説の中の探偵たちは当然のようにウイスキーやワインを嗜んでいるから憧れはある。
いつか酒に酔って何かから逃げてしまいたいと思ってしまう日が自分にも来るのだろうか。
いつの間にかストーリーにちっとも集中できなくなっていて、俺はクッションに顔をうずめた。
大人になりたいような、なりたくないような。
大人ってどうやったらなれるんだろう。
その時、テーブルの上で携帯が鳴った。
「!」
画面にはメッセージが1行だけ。
”星が綺麗だよ”
「なに言って、・・・」
時計を見上げれば21時半を過ぎている。
もしかして彼女は外にいるのか。
急いで返事をする。

”もう終わったんですか?”
”私だけ先に抜けてきちゃった。大勢いるし分かんないよきっと”
”今どこですか?”
”駅のホーム”

待て待て。
迎えに行きますよ、と送ればすぐにこう返ってきた。
”未成年をこんな時間に呼びつけるわけにはいきません”
何も分かってねえな、この人は・・・。
ここで押し問答をしても始まらない。
ジャケットを羽織って一言だけ返す。
”動かないでくださいよ”、と。

***

「(あ、いた)」
誰かと親しげな様子で話している。
連れがいることにほっとしていると、気づいた彼女が手を上げた。
一緒にいた相手に軽く会釈をして小走りにやって来たなまえさんに「良かったんですか」と尋ねると、
「なんか酔っ払いに絡まれちゃった」
とあっけらかんと答える。
えええええ。
はー・・・と深いため息をついていると、ほんのり染まった頬をしてなまえさんはにこにこしていた。
「なんか、急に不安になってきました」
「なにが?」
「なまえさんがそのうち誰かに騙されて連れてかれるんじゃないかって」
「やだなあ、それはないよ」
分かりませんよ、と俺は肩をすくめる。
「家まで送ります」
手を差し出すと当たり前のようにつないでくれるのが嬉しい。
「じゃあ新一くんに誘拐されちゃおうかな」
「・・・送り狼、て言葉を知らないんですか」
「知ってるよ。なんで?」
警戒心がないのか、それとも俺を信頼しているのか。
後者だとしたら嬉しいけれどちょっとだけ複雑だ。
「いいよ。新一くんならそれでも」
本当にこの人には敵わない。
夜で良かった、と熱くなる顔を空に向けた。
「新一くーん?」
「すみません、今は見ないでください・・・」


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