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「あ、またいた」
「そっちもか?ここにも似たようなのがいるぜ」
どれ?と覗きこんだなまえは、「本当だ、同じ人・・・」と呟く。
過去に遡った際に収集した画像を整理している時に、たまたまその人物に目を留めたのがきっかけだった。
時代を100年以上またいでも、同じ容姿の男性がどこかに映りこんでいるのだ。
はじめこそ「子孫かもね」と笑い合っていたのだが、さすがに気味の悪さを感じる。
「偶然にしては出来すぎているな・・・」
和泉守がそう口にした時、ひょっこりとこんのすけが現れた。
「審神者さま、調子はいかがですか?」
なまえはほっとしたように胸をなで下ろす。
「あのね、実はおかしなことが起きているみたいで」
おかしなこと?とこんのすけはくり返した。
「なんですか?」
「まったく別の時代なのに、同じ人がいるの」
なまえの見せた画像をこんのすけはしばらく眺めていたが、やがて「ああ」と納得したようにうなずく。
「この方は、お隣の国の審神者さまです」
思わぬ答えに、和泉守は「はあ!?」と叫んだ。
「どうしてそんなことになるんだよ」
「おそらく、ご自身も過去に飛んだ時にたまたま撮られてしまったんでしょう」
そうなんだ、となまえは呟く。
「こうやって都市伝説は作られていくんだね・・・」
「ちょっと待て。審神者も過去へ行けるのか?」
和泉守の疑問に、こんのすけは「行けますよ」と答えた。
「本当かよ、主?」
「うん。この人みたいにぽんぽんとはいかないだろうけど・・・」
現地調査も兼ねて一度行かれてみては?と、こんのすけは提案した。
「良いの?」
「どうぞ。そのかわり、信頼できる刀剣男士を必ずお連れくださいね」
では、とそう言い残してこんのすけは消えてしまった。
「・・・どうするんだよ」
「和泉守、お願いできる?」
「そりゃあ構わねえが・・・ならとにかく、絶対に俺のそばを離れるなよ」
そう念を押した彼に、なまえは「やった!」と嬉しそうに笑った。

***

「なんで国広までついてくるんだよ・・・」
げんなりした表情の和泉守に、堀川は「いやだった?」と尋ねる。
「別にいやではねえけどよ。俺ひとりじゃ、そんなに頼りねえか?」
そうじゃないよ、となまえは答える。
「なにか起きた時の保険。やっぱり、ひとりだと対応しきれない時もあるし、堀川くんなら助手だから安心かと思って」
「うん、頑張ります」
道中、そんな会話を交わしながら、3人はようやく江戸へたどり着いた。
活気に溢れるにぎやかな街並みを見て、なまえは感想を口にする。
「なんだか、とっても平和だね」
「そりゃ、わざわざそういう時代と場所を選んで来てるからな。主を危ない目に遭わせるわけにはいかねえ」
「この時代、たしかに刀を持っている人は多くいますけど、それほど殺伐としていたわけではないんですよ」
ふたりの言葉になまえは「そうなんだ」とうなずき、景色を目に焼きつける。
格好のことなるこの時代の人々の生活を肌で感じながら歩いていると、時折、すれちがった相手がふり返ることに気がつく。
「いつもこんな感じなの?」
堀川は首をかしげた。
「うーん・・・溶けこんでるはずだからあんまりないんですけど・・・」
主のせいもあるだろ、と前を歩く和泉守は言った。
「私の?」
「ああ。この時代の人間に比べて良い着物を着ているし、肌つやもいい。もしかして、どっかの大名の奥方とでも思われてんじゃねえのか?」
その時、立ち並ぶ店先からお侍さん!と可愛らしい声が掛かる。
「よお、」
「もしかして、宿を探してます?」
「いや、今日は違う。悪いな」
すっかり打ち解けているようなやりとりを眺めながら、なまえはぽつりと、「あのふたり、仲が良いんだね」と口にした。
「僕らはこの時代、何度も来てますからね。兼さんも気安く感じているんだと思います」
「ああ、そっか」
宿屋の娘は尋ねた。
「ねえ、あの綺麗な人、お侍さんの連れ?」
「あ?ああ、まあな」
ふうん、と笑みを見せて彼女は言った。
「頑張ってね!」
「お、おう・・・」
会話を切り上げ、和泉守はふたりの元へと戻ってくる。
「待たせたな」
「ううん。和泉守ってもてるんだね」
思いもよらないなまえの言葉に、彼は動揺して答えた。
「ばか、そんなんじゃねえよ」
再び歩き出した彼らだったが、たまたま横ぎった店先に”ひやしあめ”と書かれた看板が目に入る。
「なあ、ちょっと休憩していかねえか?」
「良いね!主さんもどうですか?」
「うん。そうしよう」
並んで買い求め、なまえが財布を出そうとすると、「あーいい」と和泉守がそれを遮る。
「でも、」
「良いから。主は先に座って休んでな」
主さん、と堀川は言った。
「ここは兼さんに甘えて、席で待ってましょう」
「・・・うん。和泉守、ありがとう」
おう、と彼はこちらを見ずに答えた。
「あ、ねえ堀川くん」
「なんですか?」
あっちは何があるの、となまえが指した暗がりの路地に目をやった彼は、かすかに表情をくもらせる。
「あそこはあまり治安が良くないから、絶対に僕たちのそばから離れないでください」
「ん、分かった」
こちらへやって来た和泉守と3人でひやしあめの甘さを堪能した後、
「よーし、んじゃ行くか!」
というかけ声をきっかけに立ちあがる。
「このあたりの時代はよく来るけど、ここら辺はあんまり立ち寄らないかもね」
「そうだな。街のはずれだから、そんな機会もねえな」
先を行く彼らの会話を聞きながら、なまえはのんびりと歩いている。
その時だった。
「!」
ふいに伸びてきた腕が、なまえの体を路地裏へ引きずり込む。
ほんの一瞬のうちに起きたため、和泉守も堀川も、気づくことはなかった。
羽交い締めにされたうえ、あっという間にさるぐつわまで噛まされてしまい、乱暴に引きずられる。
そのうちなまえの足が遅いことに業を煮やした相手に担ぎ上げられると、どこかも分からない建物の中へ連れ込まれ、転がされてしまった。
はあはあと荒い息をしているのは相手も同じで、そのうち物陰から似たような姿の男たちが出てきたのを見て心臓が凍りつく。
みな一様にぎらついた視線を下卑た表情に浮かべており、まるで品定めでもするようになまえのことを見下ろしていた。


「・・・あれ?」
兼さん、とあせったような声を上げた堀川を、和泉守はふり返る。
「なんだよ、国広」
「主さんがいない」
は!?と思わず彼は叫んだ。
「うっそだろ、なんでだよ・・・」
「どこかではぐれちゃったのかな」
あれほどそばを離れるなと言ったのだし、自らの意思でふらりとどこかへ行くようにも思えない。
堀川の頭に、不吉な予感がよぎる。
再び和泉守の名を呼ぼうとした堀川は、彼が難しい表情を浮かべていることに気づいて口を閉ざした。
「あの甘味処に寄ってから、まだそれほど経っちゃいねえ」
手分けして探すぞ、そう言って和泉守は手早く指示を出す。
「お前は来た道を戻れ。俺は、路地に入る」
「分かった。気をつけてね、兼さん」
「俺を誰だと思ってんだ?任せとけって」
そう言って一瞬、笑顔を見せたものの、すぐに真剣な目つきに戻ると彼は路地裏へと消えた。
堀川もまた、なまえの名を呼びながら人ごみをかき分け必死に探す。
「主さん、どこですか!?主さーん!」
くそっ、と、和泉守は内心で舌打ちをする。
こうなったのは、すべて自分の不手際だ。
口には出さなかったものの、この街には悪人も大勢いる。
それらを取り締まるために、新撰組は存在しているのだ。
「無事でいてくれよ、主っ・・・!」


***


誰かが、沈黙を破った。
「身ぐるみを剥いで、遊郭にでも売るか?」
すると、すかさず別の声が反論した。
「居場所を問いつめて、金を強請りとるってのが良いんじゃねえか?」
「どのみち返すつもりはないがな」
粗野な笑い声が響き渡り、交わされている会話になまえの顔には不安の色が宿る。
「なんにしても、このまま手放すのは惜しいな。・・・なかなか良い肌をしている」
男は、さるぐつわをはめたなまえの顎に手を添えて言った。
「なあ。あんた、どっか良いところの娘だろ。運がねえなあ、俺たちみたいなのに捕まっちまって」
ゆっくりと降りてきたその手が、襟元に掛かりなまえは青ざめる。
「・・・ちいとばかし、楽しませてくれや」
その時、
「残念だが、そうはいかねえよ」
という声がして、男はふり返った。
「なんだ、てめえは」
和泉守、となまえは目を見開いて訴える。
それを見て、彼は鋭いまなざしを男たちに向けた。
「その汚ねえ手を、今すぐ離せ」
「なんだと」
「聞こえねえのか。俺は、離せと言ったんだぜ」
ためらいなく抜刀した彼に警戒した男たちは、同じ動作をして囲む。
すばやく人数を確認し、間合いをはかっていた和泉守に向かってひとりが斬りかかった。
瞬間、彼の動作をはっきりと見た者はいない。
相手の膝が折れ、手元から刀が離れたのを知って、その場にいた全員が和泉守に向かって刀を振り上げる。
多勢に無勢、硬質な音のやりとりに、思わずなまえは固く目を瞑った。
すると耳元で、「どうか、そのまま目を開けないで」という声がささやく。
鈍い音がしたかと思うと、彼女を拘束するものが手早く解かれていった。
「良かった、主さん・・・本当に心配したんです」
「堀川くん、」
和泉守が、となまえが言うと彼は立ち上がり、争いの中に身を投じる。
「兼さん!」
「おう、国広!遅かったじゃねえか」
刀をぶつけ合う合間を縫って、ふたりは言葉を交わした。
「だいぶ前まで戻ったんだよ。だけど、やっぱりいやな予感がして・・・当たったみたいだね」
「ああ。表通りから一本入りゃ、くせえ奴らもいるからな」
最後の一人を気絶させると、軽く頭を振った和泉守はすぐになまえの元へと駆け寄る。
「主!」
「和泉守、」
ありがとう、そう言った声が震えているのが自分でも分かり、なまえは俯いた。
「どこも怪我はねえか?なにか、ひどいことでもされたか」
「ううん、大丈夫。ふたりが来てくれたから」
しかし、彼女の手首にくっきりと残った痣に気がつくと、和泉守は奥歯をきつく噛みしめる。
「・・・痛かっただろ」
「・・・少し」
無理すんな、と彼がなまえの体を抱き寄せると、ようやく安心したのか、涙が頬を伝ってゆく。
何も言わずに、彼女をなだめながら落ち着くのを待っている彼の姿を、堀川は距離を保って眺めていた。


***


「審神者さまー!良かったです、本当に!」
駆け回るこんのすけに、なまえは「ごめんね」と言って謝る。
「私があんまり無防備だったから、こんなことになって」
僕たちが悪いんです、と堀川はすまなそうに言った。
「ちゃんと隣を歩いていたら、こんなことにはならなかったのに」
「やはり、あまり長時間、過去にいるのは考えものですね」
考えこむこんのすけに、和泉守は「なあ」と話しかける。
「最初にこの仕事を引き受けたのは俺だ。どんな罰でも、文句はねえ」
彼は、なまえにも頭を下げた。
「主も、すまなかったな。俺たちのせいであんな思いをさせて」
「ううん。すぐ助けに来てくれたから、なんともなかったの。お願いだから気にしないで」
彼らの会話を聞いて、こんのすけは考えこむ姿を見せていたが、やがてこう言った。
「今回のことは、どうされるか審神者さまが決めてください。上に報告するもよし、ここで収束させるもよし」
それを聞いてなまえは、
「誰も、亡くならなかったんだよね?」
と尋ねる。
「はい。さいわい、軽い怪我と気絶だけであの場は収まったようです」
「歴史にも影響はない?」
「今のところは」
「そっか。それなら、おしまい」
おい、と焦ったように和泉守は顔を上げる。
「本当にそれで良いのかよ」
「?うん」
「っ・・・、あんたって人はよお・・・」
ため息をついた彼は、「この先どうなっても知らねえぞ」と呟いた。
「主さん、本当に良いの?」
「堀川くんまで。良いの」
「だって、兼さん」
「ふたりとも、揃いも揃って本当にお気楽だよなあ。しょうがねえ、」
これからも俺が主を守る、と和泉守は宣言した。
「今度こそ、何があってもだ。約束する」
「ありがとう、和泉守」
「僕もです、主さん。何かあったらいつでも言ってくださいね。できることなら、なんでもお手伝いしますから」
「ありがとう、堀川くん」
頼もしい、そう言ってなまえは顔をほころばせた。


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