ヒカ碁ss



ヒカルと朝

「・・・こら!いいかげん起きろ!」
んん、と唸る。
「あーさーだーぞー」
「やめて・・・寝る・・・」
「おまえ、っとに朝弱いよな。今日は俺とデートすんじゃなかったのか?」
デート、という単語にぴくりと反応する。
「します」
「じゃあはい起きる」
ゆっくりした動作に呆れたような目を向けたヒカルは、何を思ったか私の隣に腰を下ろす。
「どしたの?」
「いや。なんとなく」
目をこすっていると、ふいに回される腕。
「んん?」
「なんでもねえよ。ちょっとこのまま」
寝起きの丸まった体勢で抱き寄せられている恥ずかしさを、安心感が優しく包み込む。
「んー・・・」
「まァた寝る・・・もー」
俺も寝よっかな、そう言ってヒカルはそのままごろんと寝転がった。
「!」
「はは、猫みてー」
「ヒカル」
「んー?」
ドライブは?とくぐもった声で尋ねると「んー」とあいまいな返事が返ってくる。
「朝ごはん食べながらドライブして」
「うん」
「足湯行って、お昼食べて、お風呂入ろうよ」
「んー・・・そうだな」
すう、と聞こえる健やかな呼吸。
「(二度寝だな・・・)」
せめてアラーム、と伸ばす手をそっと遮られる。
「ヒカル、」
「30分だけなら起きれるだろ」
そう呟いたヒカルは私を抱きしめながらまぶたを閉じた。
代わりに、カーテン越しに降り注ぐ朝の光で、私の意識はすっかり目を覚ます。
このままふたりして寝てしまうと、絶対に半日起きられない。
うとうととそんなことを考えながら、あっという間に眠ってしまったヒカルの体温を感じていた。


アキラと朝

起きれなかった・・・!
悔みながら顔を洗って居間に顔を出す。
「あ、おはよう」
いつもと変わらないアキラくんの姿。
「ごめん・・・寝坊しました」
「いいよ。疲れてただろうから、僕も起こさなかったんだ」
「なんでー!蹴っても全然よかったのに」
「け・・・そんなことするわけないだろ」
ちょっと驚いたあと、呆れたようにそう口にした彼はちょいちょいと手招きをする。
「寝ぐせ、ついてるよ」
「あっ・・・すいません」
「ふふ。いつもちゃんとしてるなまえさんも、朝には弱いんだね」
結婚して初めて知ったから嬉しいな、とアキラくんは笑う。
「・・・そういうの、ずるいんですけど・・・」
「ずるい?」
本気で意味が分かっていない顔をしている、そういうところがずるい。
「あのう、もう朝ごはん食べちゃった?」
「いや。だって一緒に行くんでしょう、カフェ」
「!うん」
準備してくる、と出ていこうとした背中に「急がないでいいから」と声がかかる。
「ちゃんと待ってるから。ゆっくり支度してきていいよ」
にっこり笑うアキラくん。
「はい・・・そうします」
付き合い始めた時と比べて、ふたりの持っていた余裕が逆転していると思う。
「(どうしよう、心臓もたん・・・)」
かっこいいです、アキラくん。
幸せすぎて死んでしまいそう。


アキラくん、旅行に行こう!

「アキラくん、お願いがあります」
詰碁集を眺めていたアキラくんは、私の様子に顔を上げて尋ねる。
「どうしたの、あらたまって」
「旅行に行きたいです」
「旅行?」
ふうん、と彼は本をテーブルに置いた。
「急だね。いいよ別に」
「えっほんと?」
「うん。どこに行こうか?」
あのね、と私は背中に隠していた旅行雑誌を取り出す。
「じゃん」
「鎌倉。ふうん、いいと思うよ」
アキラくんは「えっとね、」とカレンダーを眺めながら、
「今月はちょっと仕事が詰まってるから・・・来月の、まん中らへんの週末あたりとかどうかな」
「オッケーです!やったーアキラくんと旅行」
「僕も手合いとか入れないようにするね。なまえさんのお仕事は?」
「明日さっそく申請しようと思います」
早いね、とアキラくんは苦笑する。
「でも、楽しみだな」
「うん!どこ行こうか」
ぱらぱらとページをめくっていると、「でもなんで急に?」という声が降ってくる。
「うーん・・・なんとなく」
「なんとなく?」
「あったかくなってきたし、どこか行きたいなあって。それでいろいろ立ち読みして、鎌倉」
分かったような、分からないような顔をして彼は隣へ座るよううながす。
「鎌倉のどこに行きたいの?」
「一緒に考えようと思ってたの」
「そうなんだ。ちょっと借りてもいい?」
真剣なまなざしで雑誌に目を落とすアキラくんの横顔を眺めていると私は、幸せだなあ、という気持ちになるのだ。


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