ナイチンゲールと夜



「ねえ、今夜、いいでしょ?お願い」
電話越しに甘い声でねだれば、きっと相手が断れないのが手に取るように分かる。
あの子は僕のことが大好きだから、だめなんて言えるはずがない。
「今すぐ行くから待っててね」
そう言って通話を切ると、僕は降るような星空を見上げて白い息を吐いた。
まさか僕がここまでひとりの人間に入れこむなんてね。
しかも相手は女の子、ほんとに信じられない。
すぐにでも彼女に会いに行きたくて、僕は警戒心そっちのけで変身を解いた。
夜風に髪が躍る。
「・・・ふう」
深呼吸して、近道を作ろうと手を上げた時だった。
「アンタは!」
「・・・げ」
僕は思わず眉間にしわを寄せる。ちょっとこれって最悪なタイミングすぎない?
「ここで会ったが百年目!さっきひとり倒したと思ったら、まーた誰かをターゲットにする気ね!?そうはさせないわよ」
本日ご出勤なのはタイガーズ・アイのはず。
ということは、彼の獲物ははずれか。
「またジルコニアおばばが怒り狂うわね」
「ちょっと、ちゃんと聞いてんの!?」
「聞いてるわよ。ったく、うるさいなあ。近所迷惑よ」
僕の言葉にセーラームーンは言葉に詰まる。
「とにかく!あんたたちみたいに人の気持ちにつけこむなんて許せない」
「・・・へえ。だったらなにさ」
面倒くさくなって髪をかきあげる。
「僕たちが撒いたエサに勝手に食いついてくるのは君たちのほうでしょ?愛がなにかを知っているはずなのに、ほーんと、愚かだよね」
「・・・っそれは、アンタたちが惑わして、」
「あーあー分かったから。それに僕、今日はオフなのよ」
「うそ!」
「ほんと。これから恋人のとこに行くのよ。だからちょっと近道しようと思っただけ」
そうして水の輪を作り出すと、彼女は怪訝そうな表情を見せる。
「恋人?・・・もしかして、男の人?」
くっだらない疑問。この子、頭悪いんだ。
「どっちだと思う?」
「えー・・・わかんない」
「じゃ、教えてあげる代わりに見逃してよね」
「しょうがないなー」
こんな言葉のやりとりに簡単に納得してしまうなんて大丈夫なんだろうか。
「女の子。それもとびっきり可愛い子よ」
「そうなの?」
「そ。あの子は僕を愛してくれるし、僕も彼女のことを大切に思ってる。それだけ」
呆気にとられている相手を残して僕はその場から消え去った。
最後の瞬間、彼女がなんて言うために唇を動かしたのかは分からない。


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