あなたとルナティック番外編1



「ねーほんとにいいわけ?」
「いーのいーの。何度か来てるしね」
アポなしでなまえの部屋の前を訪れていることに気が咎めたタイガーズ・アイの隣で、フィッシュ・アイはどこ吹く風といった顔をしている。
細い指が躊躇いなくインターホンを押した。
ピンポン、と軽快なチャイムが鳴る。
「・・・出ないわね」
「そうね」
もう帰りましょ、とタイガーズ・アイが声をかけた時、
「あ、開いてるわ」
フィッシュ・アイがドアノブを回して言った。
「ちょっと・・・あんたほんとにいつか訴えられるわよ」
「えー大丈夫よ」
「やめてよね出頭なんて、僕たち戸籍ないんだからさ」
「うるさいわねえ。なまえー遊びに来てあげたわよ・・・」
え、と彼は固まった。
「なによ、どしたの」
そう言って覗きこんだタイガーズ・アイもまたはっとする。
玄関には、見覚えのない男物の靴がなまえのヒールの隣に行儀よく並んでいた。
ふたりの空気が途端に一変する。
「ちょ、これ間違いなく男の靴よね・・・?」
「だけどあの子に限ってそれはないわ・・・足のデカい女友達のかも」
「このデザインで?ありえないわ」
その時リビングのドアが開いてひょこりと誰かが顔を出した。
「「!!」」
「あ、え?」
ふたりはすばやくささやきを交わす。
「(ちょっと!誰よあの男)」
「(知らない、ていうか超イケメンじゃない!?)」
さっとコンパクトで身だしなみをチェックしたフィッシュ・アイはくるりとふり向いて挨拶をした。
「こんにちはぁ、私たちなまえちゃんのお友だちなんです」
こわコイツ、とタイガーズ・アイは心の中で呟く。
「あ、そなんだ?ごめんね、なまえってば今お風呂中で」
お風呂、というワードにふたりはぴしりと固まる。
「(は?風呂ってなに!?)」
「(ていうか男待たせて風呂に入る理由ってひとつしかなくない・・・!?)」
上がってー、とにこやかに手招く彼に従って彼らはリビングに足を踏み入れた。
キッチンから香ばしい匂いが漂っていることに気づいてタイガーズ・アイは頭を下げる。
「すいません、急に来ちゃって」
「あはは、いーのいーの。てか君かっこいいね」
「ありがとうございます・・・、ッ!」
突然、足の甲に走った痛みに彼は顔をしかめた。
「(ちょっとなにすんのよ!)」
「(デレデレしてんじゃないわよ!)」
そう言ってフィッシュ・アイはつーんとそっぽを向く。
「なんなのよアンタ・・・情緒不安定すぎるでしょ・・・」
そのやりとりに気づかない目の前の男は「えーと、なんか飲み物あるかなー」と言って戸棚を開ける。
その後ろ姿はまるでモデルだ。
「あの子も隅に置けないわね」
タイガーズ・アイの言葉にフィッシュ・アイはぼそりと呟いた。
「気に食わない」
「なんでよ」
「なまえはねんねだと思ってたのに、まさかあんな上玉隠し持ってたなんて」
「あーそれはまあ」
「タイガーったらなんとも思わないの?」
「別に。どっちも恋愛対象じゃないし。アンタと違ってね」
「なによ、もっかい足踏まれたいの?」
次第にヒートアップしそうな彼らの前に、カップがことりと置かれる。
「はいどーぞ。お菓子とかあれば良いんだけど、なんもなくてごめんね。さっき全部食べちった」
「あ、いいえお構いなく」
そう言って出されたコーヒーに遠慮なく口をつけたタイガーズ・アイはぴく、と反応する。
「!おいしい」
「よかった。なまえ、インスタントコーヒーしか買わないから自分用にストックしてるんだ。コーヒーくらいは美味しいの飲みたいよね」
それを聞いたふたりの間に再び衝撃が走る。
通い妻、半同棲。
「あの、失礼ですがおふたりはどーいう・・・」
その時、ドアが開いてなまえが現れた。
「あれ?どーしたんですか?」
濡れた髪から滴が落ちるのもかまわず、のんきな表情を浮かべている彼女の手からタオルを取り上げ男はわしわしと頭を拭く。
「もー、いっつも乾かしてこいって言ってんじゃん。そゆとこ独歩ちんと一緒だよなー」
「だって面倒くさいんだもん」
「だぁめ、なまえは女の子だろー?」
信じられないものを見ているようなフィッシュ・アイと目が合う。
「フィッシュさ、」
「お邪魔してまあす」
「え・・・なんでうち来てキャラ盛ってるんですか」
その瞬間こめかみに血管が浮いたのを見たタイガーズ・アイは咄嗟に言った。
「あーごめんね、僕たち急に来ちゃって!でももう帰るわ」
「え?」
「あれ、そなの?」
じゃあ玄関まで送ってくる、となまえが言うと相手は「おー」と手を止めた。
「じゃーね。またおいでね」
「はーい・・・」
ねえ、とフィッシュ・アイは笑顔でなまえに詰め寄る。
「なんでシャワーなんか浴びてんの」
「え?なんでって汗かいたから・・・」
「汗かくようなことしたわけ!?」
青ざめるフィッシュ・アイとは対照的に、彼女は「超盛り上がっちゃってー」と笑う。
「フィッシュさん?」
よろめいた彼は、
「帰るわ」
と言って部屋を出た。
「あ、はい・・・」
靴を履いたふたりになまえは、
「今度はゆっくり遊びに来てくださいね」
と告げる。
「コーヒーごちそうさまってよろしく伝えてね。なまえも身体、大事にするのよ」
「はい。お兄ちゃんに言っときますね」
「「・・・は?」」
「え?」
「今なんて・・・」
「お兄ちゃんに言っときますねって」
「それ!お兄ちゃん!?」
「?はい」
「じゃあ汗かいたっていうのは、」
ゲームしてました、となまえは笑顔で答える。
「あーそういう・・・」
はあ、とため息をついたフィッシュ・アイだったが、「あ」と手を打つ。
「お兄ちゃんてフリー?」
「え?たぶん」
「ま、いても問題ないけど。よろしく言っといてよね。じゃあねー」
「アンタほんとに調子いいわよね・・・お邪魔しました」
頭に大量の?を浮かべたまま、なまえは曖昧に頷いて手を振った。


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