”never say never."



C判定の模試の結果を入れた鞄が、いつもよりも重たく感じてしまう。
このままじゃ、もうだめかもしれないな。
そんなことを考えながら時計を見れば、夕飯の時間などとっくに過ぎている。
またひとりで食べながら単語帳とにらめっこしなければならないと思うと、憂鬱になった。
放課後は毎日のように予備校に通い、土日は補講。
そうして目まぐるしく一週間が過ぎたかと思うと、また新しくはじまるのだ。
伸び悩んでいる教科、思うような結果が出なかったらどうしよう、と焦りばかりが先に立つ。
バス停に立っていると、いつの間にか夕暮れは終わり、濃紺の冬空が満ち始めていた。
ため息が白く染まり、冷たい空気の中に溶けていく。
きっと明日も卿と同じ一日。
その時、「ねえ」声をかけられ、なまえは思わず叫んだ。
「はっ、はい!」
「うわ、なにその返事。・・・死にそうな顔してるけど、大丈夫?」
声の主を確認して、なまえは再び声を上げそうになるのをこらえる。
なんで、どうしてこんな場所にアイドルがいるんだろう。
いつもなら彼はステージの上か収録現場か、とにかくここではない華やかな所にいるのが常のはずなのに。
なまえの心を見透かしたかのように、夜天は言った。
「たまには学校来ないと、単位落ちるじゃん」
「あ、そ、うだね」
続かない会話に、一気に空気が気まずいものへと変わる。
そんななまえの心もようなど知りもせず、相手はふわりとひとつあくびをこぼした。
「あの、・・・アイドルもバスに乗るんだね」
「こっちのが案外目立たなかったりするんだよね。変なの」
そう言った夜天は、退屈しのぎに何気なく「テスト、どうだった?」と尋ねる。
「あ。さては最悪だったんだ」
「さっ、・・・最悪じゃないもん!」
「ふーん。でもその反応、もしかして図星?」
からかってみせると、彼女はふいに落ちこんだ表情で地面に目を落とした。
「なに。まさか今ので本気でへこんじゃったわけ?」
「そんなんじゃないけど・・・本番、うまくいくか分からなくて不安」
”さては最悪だったんだ”
その言葉が、なまえの胸に深くつきささる。
思わずこぼれた本音を、彼がどう感じているのかは分からない。
「・・・あーもう、めんどくさっ!」
夜天はごそごそとポケットを探ったかと思うと、なまえに向かってずいと手を出す。
「これ」
「え、なに?」
「いいから。受け取ってよ、早く」
言われるがままなまえが手のひらを見せると、夜天はその中になにかを落とした。
「それ食べて元気でも出せばいいんじゃない」
そして、ちょうどよくやって来たバスにこれ幸いとばかりに飛び乗った彼は、あっという間に一番後ろの席に座ってしまった。
なまえは、それの正体をたしかめる。
白い包み紙にくるまれたキャンディだった。
舌の上に乗せると、優しい甘さがほろほろと溶けていく。
揺れる街並みを眺めながら味わっていると、ふと、包み紙に文字が印刷されていることに気がついた。
「・・・なんだろ、これ」
”never say never."、だって。
鞄の中から電子辞書を引っぱり出し、その言葉を見つけた瞬間、なまえは小さく笑った。
絶対に諦めるな、という言葉は、偶然にしてはなんだか出来すぎているような、けれどとても嬉しいような。
捨ててしまうのはもったいなくて、その薄い紙を大切にしまっておくことにした。


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