清光



「はーもう・・・こんな寒い日に雑巾がけとかついてないよなあ」
ちりちりと火照る指先をかばいながら、磨きあげた床の上を歩く。
障子の向こう側ではちらほらと雪が舞いはじめていた。
あれこれや季節の変化で、今が年の瀬に向かっていることを肌で感じる。
「おや」
「一期さん」
清光とは違う理由で頬を赤くしている彼は、ずいぶんと暖かい場所にいたらしい。
「内番でしたか。ご苦労さまです」
「どうも。雪降ってきたよ」
一期は「そうでしたか」と外に目を向ける。
「すっかり冷えたでしょう。さ、中で暖まって」
「ありがとう。先に着替えてくるね」
「でしたらその前に、」
そう言って彼が取り出したのはハンドクリームだった。
「自慢の両手があかぎれになってしまってはいけませんから」
好意に甘えることにした清光は手のひらを差し出す。
すると一期は中身を自分の指先にすくい、赤く染まっている清光の右手を取った。
「い、一期さん・・・」
「あ」
すみません、と彼は苦笑する。
「つい弟たちと同じようにしてしまって。おいやでしたか」
「ううん。ありがと」
もう片方は自分で塗ることにしてその場を後にする。
しかし温めてもらった右手とは違い、体温から遠ざかっている左手はクリームを伸ばすことさえ難しい。
「そうだ」
何かを思いついた彼は、足取り軽くなまえの部屋へと向かった。
来訪を告げると、中からどうぞという声が返ってくる。
「あーるじ。時間ある?」
「清光。いいよ、どうしたの?」
何も言わずに清光が出した左手に触れたなまえは「わっ冷たい」と小さく叫ぶ。
「そっか、今日は内番だったね」
「そう。しかも雑巾がけだよ?」
愚痴をこぼしながら彼はわざわざ主人の隣に腰を下ろす。
「頑張った証だね。・・・あれ?クリーム付いてる」
「さっき一期さんからもらったんだけど、なかなか伸びなくて」
そういうこと、となまえはかじかんだ指先をそっと包み込んだ。
次第に温もりの感覚を思い出し、清光は口元を緩める。
「・・・今けっこう幸せかも」
笑みを浮かべたなまえは「どうして?」と聞き返した。
「主が俺のことだけ見てくれてるから」
「私はいつだって清光の主だよ」
そうじゃなくてさー、と不満そうに呟く彼を見上げてなまえは答える。
「分かってるよ、ちゃんと。・・・はい、できた」
そっちはいいの?と言われ、清光は「こっちはさっき一期さんがやってくれた」と頷いた。
「そうなんだ。優しいね、一期」
「うん。ね」
俺はいつだって主だけのものだよ、と清光が口にすると、なまえは「嬉しい」と言って笑う。
そしてなにを思ったのか、二本の指先で彼の腕をつたい登ってみせる。
その動きを目で追っていた清光は、次第に感じるむずがゆさが可笑しくなったのか「あはは、なにそれ」と身をよじった。
「分かんない、なんとなく」
額がつきそうなほど近くで笑いあえることが、彼にはとても幸福であるように思えた。


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