良い子悪い子普通の子



「えい!」
「へっ、きかないぜ!よっと」
「なら、これでどうだ!」
今が掃除の時間であることも忘れ、短刀や脇差たちは手にしているほうきや熊手でチャンバラに熱中していた。
すると、
「お前らいいかげんにしろよ!」
という声が飛び、彼らは思わず背筋をピンと伸ばす。
「やべっ」
あわてて後藤が庭を掃くふりをするも、時すでに遅し。
竹ぼうきをかついでやってきた内番姿の和泉守は、背の低い彼らを見下ろすと呆れたように言った。
「ちゃんとやることやんねえと飯食う資格ねーぞ」
その言葉に素直に従い、真面目に掃除を再開する様子を離れた場所で眺めていた安定と清光は、おかしそうに言葉を交わす。
「成長するもんだねえ」
「ほーんと。 最初の頃はあいつが一番手がかかったのにさ」
ほうきの柄にあごを乗せ、その時のことを思い出した清光はくつくつと笑った。

***

顕現して間もない和泉守になまえが内番の説明をしていると、彼は怪訝そうな表情を浮かべて言った。
「畑仕事も掃除も、刀がすることじゃねえだろ」
「そうかもしれないけど・・・今は体があるでしょ?内番も、本丸を維持していくために必要な仕事なんだよ」
なまえの口調は優しいものだったが、和泉守の眉間のしわはますます深くなってゆく。
「兼さん」
見かねた堀川が口をはさむよりも先に、「とにかく!」と和泉守は宣言した。
「俺は戦場で刀を振るう以外はいっさいやらねえ。あんたもそれを覚えておくんだな」
そう言い残すと、大股で歩き去って行ってしまった。
あっけにとられたまま、なまえと堀川は小さくなる後ろ姿を見つめる。
「失敗しちゃったかなあ・・・」
「すみません・・・本当はあんなに身勝手じゃないんですけど・・・意地っぱりで」
謝る堀川に「いいのいいの」となまえは笑って答える。
「いきなりああしろこうしろって言われるの、あんまりいい気持ちじゃないよね」
もう少し慣れてもらってからにしようか、とのんびりした口調の主人に堀川はほっと胸をなでおろした。
しかし。
和泉守の態度に変化がないまま数日が経つ。
先に来ていた刀剣男士たちはそんな彼を苦笑しながら見守っていたが、堀川としてはこのままで良いはずがない。
「兼さん、一緒に馬当番やろうよ」
「ああ?お前が指図すんのかよ。やらねえって何度言や分かるんだ」
不機嫌そうにそっぽを向いた和泉守とおろおろしている堀川の姿は、まるで駄々をこねる子供と困惑する母親のようだ。
彼らのやりとりを見かねた清光は、なまえに相談する。
「ねえ主。いいかげんにしたほうが良いんじゃない」
あれじゃしめしがつかないよ、と近侍はつんと唇をとがらせた。
「・・・だよねえ」
「和泉守ってわりと単純な性格だとは思うけど、あんまり持ち上げるのもちがうと思うよ」
彼は誰に対しても容赦のない指摘とフォローをしてくれるので頼もしい。
もちろん、主に対しても。
「そろそろ当番に参加してもらわないと、不公平になるもんね・・・」
「そーそー」
堀川の後ろ姿を見た清光は肩をすくめて言った。
「あれじゃますます調子に乗るだけだって」
「ちょっと行ってくる」
「えっ?」
なまえが来ることに気づいた堀川は居ずまいを正すが、和泉守は顔すら向けようとしない。
「和泉守。そろそろ内番やる気になった?」
「なるわけねえだろ」
そっけない返事だったが、予想の範囲なので気にしない。
「やる気がなくても暮らしていく以上やってもらわないと」
「そんなの知るか。だいたい、刀が内番をやらなきゃいけない理由ってのをまだ聞いてないしな」
尊大な態度に感情的になってはいけないと自分に言い聞かせる。
「兼さん」
堀川はおろおろしながらふたりを見守っている。
その時、障子の陰からひょこりと安定が顔をのぞかせた。
「あ、いた!和泉守」
「あんだよ」
「今日は僕と畑当番の日だろ?」
そう軽くたしなめた安定は、不穏な空気に気がつく。
「なんかあったの」
「お前、よく内番なんかやってられるな。感心するぜ」
和泉守の言葉を聞いて、彼は目を丸くした。
「はああ?和泉守、まだそんなこと言ってんの?」
ばっかじゃないの、そう言ってをすくめる。
「堀川くんも、いつまでも甘やかしてるから和泉守がだめになるんだって」
「おい」
和泉守は安定をにらむ。
「誰がだめになるって?」
「お前だよ。もう分かった、ちょっとこっち来いよ」
ぐいと肩袖を強く掴まれ、倒れるのを防ぐため和泉守は仕方なく立ち上がる。
「いきなりなに、」
「いいから。早くしな」
鋭い視線に射抜かれ、しぶしぶといった顔をして彼は後ろをついていく。
「す、すごい・・・」
「沖田さんゆずりの殺気が出ちゃったみたい・・・大丈夫かな」
はらはらしている堀川だったが、やがてぽつりと言った。
「僕、兼さんのお世話をし過ぎていたみたいですね」
「そんな感じもしてたけど・・・ふたりの関係性なのかと思ってた」
自分にも至らなかったところがある、と反省したなまえと堀川は彼らの後を追う。
「おい、どこに連れてく気だ」
「ここだよ」
そう答えて安定は立ち止まる。
「和泉守、昨日の夕餉のおかずが美味しかったって言ってたよね。あれ、この畑で採れたものなんだ」
「そうなのか・・・」
「働かざる者食うべからず。刀剣男士なんだから戦に出るのは当然だよ。食べなくたっていいかもしれないけど、人の身を得たんだから僕はちゃんと生活したいと思ってる」
複雑そうな表情を浮かべる彼に、安定は「和泉守は食べるのが好きでしょ?」と問う。
「まあな」
「僕も。味わうってすごいよね。それにこの着物も、ちゃんと洗濯してくれてるから毎日きれいなのが着られるし」
彼は腕を組んで考えこんだ。
追いついたふたりは、遠くから見守っている。
やがて、和泉守はふり返った。
「主!」
「っはい!」
「あー、その・・・なんだ」
今まで悪かった、と気まずそうな声が聞こえた。
「!・・・ううん。和泉守、ありがとう」
「なんで主が感謝するんだよ」
「和泉守が分かってくれて嬉しいから」
「んだよ・・・それ」
すると今度は駆け寄った堀川が言った。
「兼さん!ごめんね」
「国広までなに、」
「これからはのびのびやってもらえるように、離れた場所から応援するよ」
るせえ、と和泉守は堀川の額をはじく。
「お前は俺の助手じゃねえのかよ」
「っうん!」
なまえは安定にそっとささやく。
「安定、本当にありがとう。私がちゃんと言うべきことだったのに」
全然、と彼は笑った。
「僕はただ、畑当番やってほしかっただけ」

***

「まさか頼りになる先輩風まで吹かせるとはね・・・あ、主だ」
通りかかったなまえが、何かに気づいたように和泉守に話しかけている。
楽しそうな会話の合間に彼女の腕が伸ばされ、和泉守の髪から優しく木の葉をはらうのが見えた。
「・・・あのさ、知ってた?」
「なに?」
「あとから堀川くんから聞いたんだけど。あいつ、主にもっと構って欲しくてわざとあんな態度とってたんじゃないかって」
は!?と清光は思わず叫ぶ。
「なにそれ、聞き捨てならないんだけど」
「本当かどうかは分からないんだけどね」
すると遠くから、
「お前らもちゃんと仕事しろよなー!」
という和泉守の声が飛んできて、ふたりは声をそろえて答える。
「「和泉守だけには言われたくないー!」」
「なっ・・・上等じゃねえか!表出ろ!」
「ここが外なのにばかなんじゃないの」
そう言って駆けだす清光の後ろを、安定も競うように追いかけた。


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