フェメールの夜



たまには元の姿に戻ったままでいるのも良いかも、と誰かが言ったのがきっかけだった。
戦いもないのに変身して、わざわざ服を着替えると向かったのは夜のカフェ。
この時間なら不躾な視線も少ないだろうと思ってのことだった。
「男でも女でも、結局私たちってもともとのビジュアルがいいから大変よね」
ファイターの言葉にふたりも頷く。
「ほんと困るわ、やってらんないわ」
「でもヒーラー、あなたモテるの楽しんでいたじゃない?」
「最初だけよ。もう食傷気味って感じ」
彼女ができたからでしょ、とからかうファイターにヒーラーは「もちろんそれが一番の理由」と答えた。
「毎日お熱いものね、妬けるわ」
「その言い方やめて」
「なによいいじゃない。毎日見てるの楽しいわ」
そうそう、とメイカーも笑う。
「まさか気まぐれで好みのうるさいあなたが真っ先に身を固めるなんて思わなかったわ」
「早くプリンセスに報告したいわね」
別にそんなんじゃ、とヒーラーは口ごもる。
店内で注文をすると、ちょうどラストオーダーに差しかかる時間だった。
「ファイターも星野も、あいかわらず原色が好きなのね」
もう夜よ、というメイカーの言葉に彼女はさっぱりとした表情で答える。
「いいの。赤は私のテーマカラー」
ビビットな赤のニットの背中はざっくりと開いているが、真夜中の静かなカフェで視線を寄せる者はいない。
「メイカーだってぴったりした服着てるじゃないの。お互い様」
ネイビーのアーガイルを着ている彼女は「そうかしら」と首を傾げた。
ふたりの会話を聞いているのかいないのか、運ばれてきたカフェオレをヒーラーは堪能している。
こっくりと温かいミルクが体を温めていく。
彼女の着ているグレーのカシミアニットの開いた胸元からは、うっすらと浮かび上がる鎖骨が覗いていた。
「(なまえと来たいな。今度連れて来てあげよう)」
そんなことを考えていると、ファイターは彼女の考えを見透かしたかのようににやにやとした笑みを浮かべている。
「・・・なによ」
「なまえと来たいって考えてるでしょう」
「はあー?」
「その反応、当たりね」
「別に」
ねえヒーラー、とメイカーは話しかけた。
「私、あなたがが好きなのは愛野さんだと思ったのよ」
「え?愛野?なんで?」
きょとんとした顔を見てメイカーは笑いながら「なんとなく」と答えた。
「愛野ねえ・・・悪いけどないな」
「いい子よ」
「悪い子じゃないってだけ。でも、そんな子ごまんといるから」
星野だってなんで月野なわけ?と彼女は反論した。
「なんでって、」
「趣味悪」
「あいかわらず毒舌なんだから・・・」
カプチーノの泡が溶けていくのを見つめながらファイターは考えた。
なんであの子にあんなに惹かれるんだろう。
「分かんない」
「は?」
「分からないけど、放っておけない。私は彼女が幸せでいてくれたらそれでいいのよ」
盲目ね、とメイカーが言うと「不毛よ」とヒーラーはがすかさず口にする。
「一途っていってちょうだい。私はそれでいいの」
「みんなちがってみんないい、ってやつね」
なにそれ、とヒーラーは尋ねる。
「今ちょうど現国で習っている範囲よ」
「げ・・・聞かなきゃよかった」


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