五虎退



11時まであと5分。
「・・・あのさあ」
まだ仕事中でしょー、と鯰尾は部屋の外からこちらをうかがう短刀たちに声をかける。
「分かってるよー、見てるだけ」
「気が散るんだって」
ずお兄こそ手が止まってるぞ、とからかうような声に彼が応じようとした矢先、
「終わったよ、仕事」
となまえがペンを置いた。
「ほんと?主さん」
「ほんとほんと」
次々に駆け寄る弟たちにしょうがないなと苦笑を浮かべていた鯰尾は、いつまでも中へ入ろうとしない姿に気がつく。
「五虎退は行かないの?」
すると「は、はい!」と気弱な返事をした少年は、兄弟たちの後ろに隠れるようにして主人の傍へと近づいた。
「なにして遊ぼうか?」
なまえの言葉に彼らは口々に「かくれんぼ!」「鬼ごっこのがいいよ」「懐入れて!」と意見を述べる。
「五虎退は?」
「ぼ、僕はなんでも良いです・・・」
不意に向けられた質問に戸惑った彼は、頬を染め消え入るような声で答えた。
「じゃあ、かくれんぼって意見が多かったみたいだしそうする?」
なまえの言葉に彼らは同意する。
「じゃあジャンケンしよう。負けた人が鬼」
厚のかけ声でその場の全員が手を出した。

***

誰かが歩き去っていく足音を聞きながら、気配を殺していた五虎退は深く息を吐き出す。
自分の煮えきらない態度が時々、兄弟や仲間を困らせていることを知っていた。
けれど控えめではあるものの、彼なりに自己主張をしているつもりであったし、窮屈に過ごしているわけでもない。
それに、本当はほんの少しの間で良いから、大好きな主に見てもらいたいものがあるのだ。
五虎退はポケットから輪になった1本の紐を取り出す。
教わった通りに順番に左右の指に絡めていきながら、自分にしか聞こえない声でささやいた。
「これが川で・・・これがはしご」
ほうき、舟、流れ星、細い指先からいくつもの形が生まれては消える。
ひととおり作り終わると、彼はそっとため息とついた。
ずっとこれを主に見せたいと思っていた。
けれど、ひっこみ思案な性格が災いしてなかなかうまくいかない。
長いこと息をひそめているうち、いつの間にか彼の元を訪れていた睡魔に意識を預けてしまっていた。

***

五虎退だけが見つからない。
ルールで反則とされている参加者以外の私室を除き、空いているすべての部屋を探した。
庭や木の上、物置や縁の下まで隅々まで探したにも関わらず、彼だけがどこにもいないのだ。
すでに見つかった者たちまでもが必死になって捜索する。
「五虎退どこー?」
「もうみんな見つかったって!五虎退の勝ちだよ」
「一緒におやつ食べようよー」
彼らと一緒に探していたなまえはふと、資料室の存在を思い出す。
いつもは自分や近侍がいたり、大切な書類が保管されている場所だったが、入ってはいけないと決めていない。
「もしかして」
足早に向かうなまえに気づいた薬研はその後をついて行く。
「大将、なにか分かったのか?」
「資料室。いつもは鍵がかかってるけど」
部屋の前まで来ると、ゆっくりと扉を開けたなまえは声をかける。
「五虎退・・・いる?」
しかしなんの反応もないため、ここも違ったかと落胆したものの、念のために室内へ入る。
「あ」
大将、と薬研に呼ばれてふり向くと、彼は苦笑を浮かべた。
「かくれんぼの名人はこんな所にいたぞ」

***

「良かったあ五虎退!」
抱きつく信濃の隣で、前田や平野がうっすら涙さえ浮かべている。
「本当に見つかって良かったです・・・!」
兄弟たちの輪の中心で、どうすれば良いのか分からず五虎退は困惑していたが、なまえと目が合うと思いきって彼女を呼んだ。
「あ、の・・・主さま!」
「どうしたの?」
なまえが優しく答えると、彼は急いでポケットの中を探る。そして、
「あ、あの・・・見せたいものがあるんです」
そう言って指先に紐を絡め始めた。
全員の視線が注がれる中、彼は次々に形を作っていく。
「これが川、・・・これが、はしご」
器用に操るその姿に、兄弟たちは目を輝かせて注目する。
「これで全部です」
「すごい・・・いつの間に練習したんだね」
なまえが驚いたように褒めると、五虎退は照れたように笑う。
すると口々に、
「俺にもやり方教えて!」
「僕も僕も!」
とせがまれ戸惑う五虎退だったが、
「はい、もちろん!」
と答えた。
「私にも一緒に教えてほしいな」
なまえの言葉に彼は嬉しそうに頷く。
「そうだ、みんなで紐を買いに万屋に行こうか」
「行く行く!」
「やったー大将とお出かけ!」
そっと繋がれた手に、五虎退は彼女を見上げる。
「はぐれないように繋いでいてくれる?」
「・・・はい!」


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