同田貫



廊下を歩いていた同田貫は、曲がり角で彼の主が庭を眺めていることに気づく。
「(考え事してんのかもしれねえが・・・ぼんやりしてんなあ)」
驚かせてやろうと思い立ち、忍び足で近寄る。
そして気配を殺し、膝の後ろを軽く突いた。が次の瞬間、
「うわっ!?」
「うおっ!?・・・と、っぶねえ・・・!」
無防備でいた彼女は足を踏み外してしまったのだ。
焦った同田貫は腕を伸ばし力いっぱいその体を引き上げる。
「頼むからせめて受け身くらいは取ってくれよ」
「ごめん・・・いきなりだったから驚いて」
「あー、そりゃ俺も悪かったけどよ・・・」
なにか用だった?と問われ、彼は「いや?別に」と答える。
「暇だったからちょっかいかけただけなんだわ」
そう言い残して歩き去る後ろ姿を、なまえはぽかんとして見送った。
一方、同田貫は考える。
主に男も女も関係ないが、先ほどの反応はあまりにも頼りない。
「(もうちっと気骨のある姿勢が見れりゃあなあ・・・)」
せめて、自分が強くあらねば。
そうすれば彼女はもっと自分を戦場で使ってくれるだろう。

***

血しぶきが舞い、時間遡行軍の屍がそこかしこに散らばる。
両目にぎらついた興奮をらんらんとたたえ、同田貫はすかさずもう一体を死の淵へと叩きこんだ。
部隊長の獅子王はその奮戦ぶりに驚いたものの、彼ら以外の仲間はすでに疲弊し傷ついている。
なまえに連絡を取り、やむなく撤退を決めた。
「同田貫!」
「ッなんだ」
「これ以上は無理だ、引くぞ!」
「ざけんな、なに言ってやがる!大将首は目の前だろうが!」
「お前だって怪我してる。良いから撤退を、」
しねえ!と彼は叫んだ。
「はあ!?」
「俺たちは物だ、俺たちは刀だ!折れる覚悟がなくてどうする」
その咆哮がむしろ獅子王を冷静にさせた。
「・・・お前の言うこと、分からないでもないけどさ。とにかく今は引こうぜ」
主の命令だ、そう言って歩き去る彼の後ろで、同田貫は奥歯を噛みしめ「くそっ」と吐き捨てた。

***

手入れ部屋でひとりひとりに手当てを施していたなまえは、最後にやって来た同田貫の傷を確かめようと手を伸ばす。
彼はぼそりと呟いた。
「あんたのせいだ」
「私の?」
「そうだ。あんたがあそこで引けと言わなけりゃ、敵の頭をぶっ叩いてたんだよ!」
なまえは少し考えた後、
「誰かが折れていたかも」
と答える。
それを聞いた瞬間、痺れを切らしたように「だからなんだよ!」と同田貫は声を荒げた。
「俺たちは物だ!たとえ折れようがそんなの、」
静かにしなさい、となまえは落ちついた声でなだめる。
「ちょっと落ちついたほうがいいと思う。手伝い札使うから」
彼女は「ごめん」と低い声で告げた。
「あ?なんであんたが謝るんだよ」
「私の指揮のせいでみんなに傷を負わせた。冷静にならないといけないのは私だね」
そう言い残し部屋を出て行ってしまった。
「くそ、なんなんだよ・・・」

***

「謝れ」
「は、」
「謝ってこいって。どう考えてもお前が悪いんだから」
なんで俺が、と口にする同田貫に獅子王は「なんでって」と呆れたように言った。
「本当は分かってるんだろ。俺たちの主が刀剣男士を物だと思ってないことくらい」
同田貫はなにも答えない。
けれどその足は主の部屋へと歩き出していた。
その背に声がかけられる。
「あの人がただの結果主義だったら、確実に俺たちは折れてたよ」
その言葉が頭から離れない。
部屋の前で再びどうするか迷ったものの、すでに腹を決めているのだから彼は来訪を告げた。
「どうぞ。あれ、同田貫」
「・・・あんたに謝りにきた」
言葉とは正反対の仏頂面を見てなまえは苦笑いを浮かべる。
「そっか。お茶でも飲んでく?」
「いや、いい」
沈黙が生まれる。
先に破ったのはなまえだった。
「同田貫は折れても良いと思った?」
黙ったまま頷くのを見て、ぶれないなあと思う。
「俺たちは物だ。あんたは大事にし過ぎる」
「だって大事なんだもん。誰も失いたくない」
「でも替えはきくだろ」
「ただの替えじゃない。器は同じでも中身は違う。折れた刀と同じ刀剣男士は二度と戻ってこない」
私はね、となまえは唇を噛んだ。
「甘いと思う。だからって勝利に執着していないわけじゃない。白星はほしい。だから君たちを強くして、自分も強くなるしかないって思ってる」
「・・・んだそりゃ。ずいぶん回りくどいやり方じゃねえか」
「そうだと思う。でも、このやり方を変えるつもりはない。これだけは絶対に変えない」
なまえは顔を上げ、同田貫の目を視線で射抜く。
「!」
「いつか、誰かが折れてしまうかもしれない。そうなったとしても、そうならないために精いっぱいやるのだから絶対に後悔しない」
「へえ」
同田貫は笑う。
「いいぜ。あんたのやり方に乗った。せいぜい俺を強くするために使ってくれや」
「もちろん。次の戦も、その次の部隊にも君を入れる」
連勝記録伸ばしてよね、と彼女は笑った。



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