夢見るオトコのコ



「・・・アンタ最近全っ然仕事してないじゃないの」
タイガーズ・アイは空になったグラスを置いた。
「えーそう?」
生返事をしたフィッシュ・アイに、ホークス・アイも「そうですよ」と頷く。
「いくらリアルが充実してるからってお仕事に支障をきたすのは僕もどうかと思いますね」
「だってさあ」
カクテルを一口舐めてフィッシュ・アイは答えた。
「なまえと一緒にいると本当に楽しいんだよ、全然飽きないの」
どの口が言うんだか、とタイガーズ・アイは肩をすくめる。
「だいたいフィッシュの専門はそっちじゃないでしょ。なのになーんで女の子の恋人ができるのよ」
僕だってあの子ちょっと狙ってたのに、とタイガーズ・アイは以前のリストの中からわざわざ抜いておいた写真を取り出してみせた。
「あーらら、まだ持ってたんですね」
未練がましいですねー、そう言って笑ったホークス・アイはカクテルのおかわりを注文する。
「ちょっと!どうしてタイガーがなまえの写真持ってるのよ!?」
「だから狙ってたって言ったでしょ。聞こえてなかったの?これは目の保養・・・のつもりだったけど」
唇をひと舐めしてみせた彼は「やっぱり狙っちゃおうかしら」と口端を釣り上げた。
「僕のなまえだよ!」
フィッシュ・アイは勢いよく立ち上がる。
「ずっと好きで、やっと僕のものになったんだから!」
彼の剣幕に押されつつ、タイガーズ・アイは「だったらなにさ」と言い放った。
「誰をターゲットにしようが僕の勝手でしょ。それに、アンタは女の子に興味ないんじゃないの?」
「なまえは特別なの」
フィッシュ・アイの答えにタイガーズ・アイは鼻白んだように「特別ねえ」と呟く。
「ちょっとアンタたち、いい加減にして。酒がまずくなるから」
たしなめるホークス・アイを遮ってフィッシュはなおも必死に声を上げる。
「タイガース・アイには分かんないのよ・・・なまえといる時間がどれだけ僕にとって価値があるか。なまえが僕のことを好きでいてくれることがどれだけ幸せか分かってない」
「・・・なにそれ、気に食わないわ」
タイガーズ・アイは写真を眺めながら、
「ふーん、そんな子には見えないけどねえ・・・よっぽどイイモンもってんのかしら」
と口にする。
「ちょっとやめてよタイガー!なに想像してんの」
「別にー?」
いい加減にして!とホークス・アイは叫んだ。
「うるっさいわねさっきから!痴話ゲンカならよそでやってちょうだい!それからフィッシュ」
「っなによ」
「あんまり入れこまないほうがいいの、分かってるでしょう」
「・・・っ!」
彼はぐっと唇を噛む。
「あ、」
何も言わずにバーを出て行ってしまった背中を見つめながら、
「からかいすぎたかしら・・・」
とタイガーズ・アイは茫然と呟く。
ホークス・アイはいらいらと答えた。
「僕にとっちゃどうでもいいけど、あれで仕事が鈍るんじゃ困りものですよ。目的はあくまでペガサスなんだってこと、あのこ忘れてるんじゃないでしょうね」
「どうだか。なんかそんな気もするけどね」
奪っちまいなさいよタイガー、とホークス・アイはけしかける。
「やだ本気で言ってんのそれ」
「そうですよ。あっさり他の男になびきゃフィッシュだって目が覚めるでしょ。ガールハントのつもりが自分が引っかけられてりゃ世話ないわ」
あんま気乗りしないんだけどねえ、とタイガーズ・アイはため息交じりにそう答えた。

***

雨の街を、ヒールであるのもかまわずフィッシュ・アイは歩き続ける。
彼を傷つけていたのは、タイガーズ・アイのからかいではなくホークス・アイの言葉だった。

”あんまり入れこまないほうがいいの、分かってるでしょう”

「分かってるよ・・・そんなこと」
でも、どうすればいいの。
アスファルトの地面に染みを作る、雨粒と涙の滴。
なまえに会いたい。今すぐに。
握りしめた携帯電話に着信履歴を映すものの、かけることができない。
いきなり行ったら怒られるかな。
どうして僕はこんななの。
中途半端で、幸せになりたいのになれない。
君を幸せにしたくて、君と幸せになりたいだけなのに。
ビニール傘をさしたままうつむく。
強くなるばかりの雨に濡れる髪がうっとおしかった。
その時、
「!」
ふいに鳴るコール音。
「(なまえ)」
震える手でボタンを押す。
「もしもし、」 
”フィッシュ?いきなりごめんね”
あのね、実はごはん作りすぎちゃって、と明るい声が続ける。
”もし時間があったら食べにこない?”
「いいの?」
”うん。・・・ほんとはね、来てくれたらいいなーって思って、わざと多めに作ったの。だめだったら明日のお弁当にしようと思って”
彼女の言葉に思わず「なに、それ」と笑みがこぼれた。
「行くよ。すぐ行く」
”ん、待ってるね”
「うん。・・・あのさ」
”ん?”
好きだよ、と呟いた。
フィッシュ、そう言って相手は言葉を切る。
”・・・なにかあった?”
「別に?なにもないよ。言いたくなっただけ」
”そっか。ごめん、なんかあったのかと思っただけ。私も好きだよ、フィッシュのこと”
「ありがと。嬉しい」
すぐに行くから、そう言って電話を切った。
すると次の瞬間再びコールがかかる。
けれど彼はそれには応じないまま、携帯をポケットに入れ歩き出した。


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