font size=2>百を甘やかしたい



マニキュア落としてー。
まのびした声での注文はいつものこと。
リムーバーを手に彼の指先を彩るネオンカラーを丁寧に落としていく。
「ジェルネイルにしたら楽なんじゃない?」
「やだよー、伸びてくるとかっこわるいもん」
まあたしかに。
それに、と百は続ける。
「俺、この時間が好きなんだよね」
「ネイルオフの?」
「そ。なんとなくリラックスできる気がしてさ」
そう言って笑う百の表情はいつもより柔らかい。
みんなの前にいる時は”明るく元気にハキハキと”みたいな印象だけど、人の目を気にしなくてもいい日常で見える百の姿は貴重だ。
「いつもお疲れさま。ついでにマッサージもしてあげる」
「ラッキー、・・・おー」
きもちい、そう呟いてへにゃと笑う彼。
「さいこー・・・」
「百さん、リヴァーレの時とちがいますよ」
「今はただの春原百瀬だもん、いーの」
「そっかあ、そうでした」
ごつごつとした骨の間をぎゅむぎゅむ押していると、「んおーそこ、いい感じ」と感想が返ってくる。
「はー、なんかサッカーしたくなってきたかも」
「そうだねえ、天気もいいしねえ」
「する?」
受け止められるかな、と言うと、
「キーパーやんの?」
と百は笑う。
「だめだよ、なまえが顔面でボール受け止めたりなんかした日には俺がショックで死んじゃう」
「百のシュート痛そー」
「そうそう、絶対だめ。なまえはベンチで俺のこと応援しといて」
「分かった。はいオッケ」
「サンキュ」
「いえいえ」
その時、ラビチャを知らせる音が鳴る。
「あ・・・ユキだ!」
さっと条件反射のごとく画面を操作する百。
「(パブロフの犬だな・・・)」
あー、うーん、とうなっている彼を不思議に思って尋ねる。
「返さないの?」
「いや、返したいのはやまやまなんだけど・・・うー・・・ごめんユキ!」
携帯をオフにすると、百はぱっと両手を広げて言った。
「なまえ、おいで」
「え・・・」
「早くー。来てくんないんならこっちから行くよ」
立ち上がりかけた百の腕の中にあわてて飛びこむと、
「おーし、つかまえた!」
という声が響いた。
当たり前のように向かい合い、抱きしめ合うことの心地良さ。
「(幸せだなあ・・・)」
アイドルで忙しい彼と過ごす時間がなかなか取れないのはしょうがないって、自分にずっと言い聞かせてきた。
だから、たまにこんな風に甘やかされるとどうしていいか分からなくなる。
「はー・・・ちっこくてあったかくて柔らかい・・・」
「え?」
「可愛すぎ。やっぱ心配だなー」
あんまり会えないから、ととがらせた唇に身を乗り出してキスをする。
「!」
「私も心配。だって百はかっこいいから。でも不安じゃないよ」
「・・・そーやってなまえはさあ。煽ってんの?」
ぐい、と体重をかけて前のめりになる百、倒されそうになる私。
「うわ!」
あのさ、と彼は小さな声でささやく。
「リヴァーレの百と春原百瀬、なまえはどっちの俺が好き?」
どっちも好きだよ、と私は答える。
「どっちも大切な百であることに変わりはないもん」
「そっか」
ちゅ、とわずかに唇が触れたかと思うと、次に降ってきたキスはもっと甘いものだった。


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