僕のステラ



「ん・・・ん?」
コール音で目が覚める。
誰からだろう、手にとってディスプレイを確かめた瞬間、眠気が飛んだ。
「(え・・・なんでうちからかかってくるんだ)」
いやな予感がしたが出ないわけにはいかない。
「・・・はい」

***

「でさーそん時りっくんが・・・あ、」
そーちゃん、と気づいた環が声をかける。
「壮もカフェオレ飲むか?今ならイチが淹れてくれるってよ」
「勝手に決めないでください・・・淹れますけど」
すると環が立ち上がる。
「そーちゃん、なんかあった?」
「え?いや、」
「ある。俺には分かる」
「そうなのかタマ、」
「うん。そーちゃんがまたなんか内緒で悩んでんだ」
ちがうよ、と壮五はあわてて言った。
「近いうちに一度帰らないといけなくなって、それでどうしようって・・・思って」
なんで帰んの、と重ねて環は問う。
「どこから話せばいいかな・・・」
「最初から最後まで!全部!」
出し惜しみすんなよ、と三月もうながす。
「えっと、僕には2歳上の幼なじみがいて、今は海外に留学してるんだけど」
うんうん、とメンバーは頷く。
「帰ってくることになって、それで・・・彼女は僕の、婚約者なんだ」
「うんう・・・は?」
婚約者?と大和はくり返した。
「りっくん」
「婚約者は結婚の約束をしている人のことだよ。・・・ですよね、壮五さん?」
はい、と彼は恥ずかしそうに答える。
「えええええ婚約!?いつから!?」
「オメデトウ、ソウゴ!なぜそんなハッピーなことをずっと隠していたのですか!?」
いや、あのね、と彼は口ごもる。
「そーちゃん、ケッコンすんの?いつ?なんで俺に言ってくんなかったの!?」
「落ち着いて環くん!ちがうんだ・・・」
壮五は話し始めた。
「初めはお互いの家同士の約束だったんだ。だけどアイドルという道を選んだ以上、軽々しくファンを裏切るようなことはできない」
そりゃそうだ、と大和はうなずく。
三月は尋ねる。
「だけど、いいのかよそれで」
「よくないです。絶対にいやだ。僕は・・・叶うならいつか、彼女と結婚したい」
再び沈黙が訪れる。
「ええ!?どういうこと!?」
待ってください壮五さん、と一織が頭を抱えながら口を開いた。
「さっき、初めはって言いましたよね?あれはどういう意味ですか?」
「あれは・・・最初は親同士、家同士が決めたことだったんだけど、自分たちでもそうなることを望むようになっていたから」
「おいおい、そりゃかなりの爆弾発言だぞ。つーかソウ、それって婚約してなくても普通に付き合ってるってことだよな?」
「絶対にスキャンダルから逢坂さんのことを守らなければいけませんね・・・」
ごめんね環くん、と壮五はすまなそうに言った。
「それにみんなにも。黙っていようとか、本当にそんなつもりじゃなかったんだ。それに僕は勘当された身だから、婚約のことももしかしたら立ち消えになっているかもしれなくて」
「ああ、そうか・・・そりゃ確かにな」
唸る大和に環は「ヤマさん、どーいうこと?俺ぜんっぜんついていけてねーんだけど」と拗ねたように言った。
「や、だからソウには将来を約束した相手がいるわけ。ここまではいいな?」
「うん」
「でもそれは家同士が決めた約束だから、ソウが追い出されたってんなら相手側は結婚は意味がなくなるわけよ。だからしなくたってかまわない、ていうか普通はしない」
でもしたいんだよな?と大和は言った。
「はい、したいです。・・・僕は」
「相手の方の意思はどうなんですか?」
「一織、そんなにずばっといかなくても・・・」
「何言ってるんです七瀬さん、ここが肝心なんでしょうが!」
心配そうな三月の表情を見てとった壮五は「連絡は取り合ってました」と答える。
「向こうも結婚したいって?アイドルやってることも伝えたのか?」
「はい、もちろん全部。だからすぐには結婚することはできないとも」
「それでもいいって?」
頷いた壮五に三月は「すげえじゃん!」と叫んだ。
「ちょ、ミツ」
「だってそうじゃん。いやーまさか壮五に先越されるとは思わなかったわ」
「ワタシもミツキに同感です。絶対幸せにしてあげてクダサイ、ソウゴ」
「三月さん、ナギくん・・・ありがとう」
あの、と一織は口を開く。
「私たちみんな祝福してないわけじゃありませんからね。ただ急でしたので・・・」
そうそう!と陸も同意する。
「とにかくおめでとう壮五さん!よかったね、両想いだ!」
「両、想い・・・」
オメデト、と環も笑う。
「そーちゃんが幸せなら俺も嬉しい」
「環くん・・・ありがとう、みんな。報告が遅くなってすみません」
ほんとだよ、そう言って大和はぐしゃぐしゃと彼の髪をかき混ぜる。
「わ、」
「こんな大事なこと黙ってんじゃねーっての!まあ、俺が言える立場でもないけどさ。ほんとにおめでとう」
「ですが、問題がなくなったわけではないですよね」
一織の言葉に空気が再び一転する。
「とりあえずマネージャーに伝えないと」
「それもそうだけどさ・・・あ、てか相手はどんな人?やっぱ財閥のご令嬢?」
三月の問いに壮五は「いえ、普通のご家庭の方です。ただ家柄が優れていて」と答える。
「あー、名家ってやつね」
「長く続いている家系なんです。直系筋で」
「夢がある話だなあ。で、美人?」
大和さん、と一織がたしなめる。
「なんでよ、イチだって興味あるだろ?」
「綺麗な人ですよ。僕にはもったいないくらい。すごく優しいし。・・・ほんとに僕のどこがよかったんだろう」
年下だし弟みたいって言われていたし、と呟く壮五に「オウ、ソウゴがネガティブモードです・・・」とナギがつっこんだ。
その時、
「なんでそーちゃんは家に戻んの?」
と環が尋ねた。
「それは、たぶん婚約の解消だと思う」
「え?なんで解消すんの?」
「だって今の僕は逢坂の人間じゃないから。彼女が僕と結婚する義務はないんだよ」
なんかドラマみたい、と陸が目を輝かせる。
「いやそらそうだけども・・・」
「ドラマを地でいく男だな、ソウは」
三月と大和を横目に一織は「とにかく、スキャンダルだけは絶対に気をつけなくてはいけません」と言った。
「もちろん、そこはじゅうぶん気をつけるつもりだよ。まずは話し合わなきゃ」
「マネージャーと大神さんにはこちらから軽く伝えておきます。だから逢坂さんはこちらのことは気にしないで下さい」
ありがとう一織くん、と壮五は笑った。
「ワタシもソウゴの幸せを心から願っています」
「ありがとうナギくん、みんなも。来週、とにかく話をしに行ってきます」

***

門を見上げて、深呼吸をする。
「ふー・・・よし」
使用人に案内され、父親が待つ部屋へ通される。
壮五が切り出そうとした瞬間、先手を打ったのは思いもよらない言葉だった。
「おおかた気が付いているんだろうが、今日お前を呼んだのは婚約の解消だ」
「は、い」
喉の奥で声が貼りついているような感覚に思わず顔をしかめる。
「彼女には先週、話をつけた。先方からも承諾を得ている。一応、当事者であるお前にも事後報告をしなければいけないかと思っただけだ」
もう用はない、と背を向ける相手に壮五は血の気が引いていくのを感じて「どうしてですか!?」と食い下がる。
「どうしてそんな、」
「逢坂の人間ではない相手との縁談など、あちら側も無用だろう」
連れ出せ、と言い放たれた命令の後のことはほとんど覚えていない。
閉ざされた門の向こう側に未練はない。
けれど、
「(今の僕に、本当に彼女に会う資格はあるんだろうか・・・)」
音楽の道に進みたいと願う自分の夢を決して笑うことなくいつでも応援してくれた彼女。
お互いの気持ちを確かめ合った時、彼女はすでに異国の地にいた。
実際、顔を合わせるとしたら2年ぶりになる。
その時、
「!」
ラビチャのコール音に驚いて画面を確かめる。
「え・・・」
近くのカフェにいる、という内容に驚く。
どうしてこんなタイミングでと思ったが、今日のことは聞いていたのかもしれない。
すぐに返事を返すと急いで店へ向かった。
遠慮がちにドアを開ければカランと乾いた音が響いて、奥から「いらっしゃいませ」と歓迎する声がする。
「あの、待ち合わせで」
あちらの方でしょうか、と示された戸外のテーブルには見覚えのある姿。
「(ああ、本当に帰って来てたんだ)」
そっと、声をかける。
「なまえさん」
ふり向いた彼女は大きく目を見開いた。
「壮五、くん」
「お久しぶりです」
月並みな挨拶しかできない自分が情けない。
「急に呼び出しちゃってごめんね。忙しいのに来てくれてありがとう」
「いえ、全然気にしないでください。今日は一日オフを頂いているので」
そっか、と彼女はほっとしたように笑う。
「座って。なにか飲もう」
「あ、はい」
目の前のコーヒーフロートを見て、壮五は店員に「アイスコーヒーをひとつ」と伝える。
「・・・えっと」
「ふふ、やだもう硬いな」
「すいません、じゃなくて。えーと」
伸ばした髪が新鮮だった。
ワンピースも、とてもよく似合っている。
留学先での話もいろいろと聞いてみたい。
けれど、先ほど告げられた冷たい言葉が邪魔をする。
沈黙を先にやぶったのは彼女のほうだった。
「終わっちゃったね」
「・・・うん」
「ね、私から言ってもいい?」
それを聞いた壮五は弾かれたように顔を上げる。
「だめ。僕から言います」
深呼吸をして「なまえさん」と口にすれば、はいと答えが返ってくる。
「僕は、ずっと君が好きでした。これからもそれは絶対に変わりません。逢坂の家との縁を切った身だけれど、もしもなまえさんさえよければ、」
言葉を切る。
「僕と結婚を前提にお付き合いをして下さい。必ず、幸せにします」
「・・・なんだかプロポーズみたい」
「え」
気づいた壮五の顔がみるみる熱くなる。
「あ、その、すいません先走って」
「ううん。すごく嬉しい。ありがとう」
壮五くんのことが大好き、となまえは笑顔で答えた。
「私のほうこそ、お金持ちでもなんでもないけど」
「そんな、僕は全然望んでないよ。むしろ普通で良かったと思ってるんだから」
「私も。壮五くんは壮五くんだから」
壮五は手を伸ばすと、そっとなまえの左手を取る。
「いつか、必ず薬指にリングを嵌めるから・・・その日まで待っていてほしい」

***

「・・・ただいま」
「おかえり、そーちゃん。どだった?」
ゲームをする手を止めて環は尋ねた。
「いや、うん・・・端的に言うと家同士の婚約は正式に解消。お付き合いは継続であちらのご両親も了承済みって感じ」
「おおーやるう」
恥ずかしいのは、あの熱烈な告白をカフェのマスターにばっちり聞かれてしまっていたことだ。
テラス席だったことを考えると、むしろそれだけで済んだと思えばいいのかもしれないが・・・。
「(恥ずかしかったなあ・・・)」
あの後、アイスコーヒーの他に運ばれてきたケーキ、シュークリーム、パフェ。
あっけにとられているふたりにマスターは「恋愛成就の記念ですよ」とウインクを残して去っていったのだった。
「そーちゃん、顔赤い」
「えっ」
「そんな嬉しかったんだ」
に、と笑う環に思わず笑みを返す。
「うん、大成功だった」
これからも、この先も。
大切な人の笑顔を守れるような人でありたい。


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