蟹と魚



双魚宮にて、アペリティフ。
キッチンからは香ばしい香りが漂っている。
「おいしそう」
「ああ、待ちきれないね」
アクアパッツァか、とアフロディーテは呟いた。
彼の手には冷えた白ワインのグラスが握られている。
こちらを見向きもせず料理に集中しているコックの後ろ姿を黙って見つめていたなまえは何気ない口調で、
「デスマスクってかっこいいと思わない?」
と尋ねた。
「さあ」
女は好きなんじゃないか、とアフロディーテは答えた。
「ねえなまえ」
「なに?」
「君は恋人を作らないの?」
突然の問いになまえは目を丸くする。
「まあ、いたらいいとは思うけど」
「今はシングル満喫中か」
「そういうわけでもないけど・・・」
「なんだ、煮え切らないな。ああ分かった」
彼が口元を押さえるふりをしたのを見てなまえは「やめてよ」と笑う。
「そんなんじゃないったら」
「私なら、いつでも協力を惜しまないよ」
「もしその人がロディだったら?」
「もしと言ってる時点で私じゃないだろ」
幸せになってくれよ、とアフロディーテは言った。
「だがあの男だけはよせよ」
「・・・なんで?」
「正気か?」
思いもよらない返事に彼は思わず身を乗り出す。
「嘘だよな?冗談だろう?」
本気、となまえは遠慮がちに口にした。
「・・・だとしたら、君は男を見る目がなさすぎる」
「うう・・・」
「デスマスクは忠誠心が欠けるところもあるが、聖闘士としてはたしかに認められ男だ。だが恋人としてはクズすぎる」
やめておけ、と彼は整えられた手を振った。
「えーそんなに言うほど?」
「目を覚ませ。理性的な目で見たら分かるはずだから」
彼女もその辺を歩いている女も同等に見てるような男だぞ、とアフロディーテは付け足した。
「本気で医者に行ったほうがいい」
「おい」
そばへ来ていたデスマスクが彼のソファを蹴飛ばす。
「ずいぶんな言いようじゃねえか、ああ?」
「私は本当のことを言っただけだが」
テーブルにデスマスクが料理を並べるのをなまえが眺めていると、
「見惚れてんじゃねえよ」
と彼は笑った。

***

「おい」
デスマスクはソファに座ったままアフロディーテを見上げる。
「・・・あ?」
お嬢ちゃんは、と唸るように尋ねた相手に、
「部屋まで送ってきた」
と彼はため息交じりに答えた。
「なんでこんなのが好きかね」
「へっ、見る目があるってこった」
「ぬかせ。なまえを誘惑するな」
「はあ?してねーわ」
とにかく、とシガーを箱から抜きながらアフロディーテはきつい口調で言った。
「彼女を泣かせるようなことはするな」
「なぜ?」
あの子が欲しいのは経験だろ、とデスマスクは起き上がりながら答える。
「お前はいつも近場に手を出す」
「今そうしようとしてンのはなまえだろ。別に俺じゃなくてもかまわねえんだよ。あいつが欲しいのは俺じゃねえ、手っ取り早く満足させてくれる野郎だ」
「・・・それ、自分で言っていて虚しくないか」
「別に」
デスマスクはせせら笑う。
ため息をつくアフロディーテの指先からもらい火をして彼は煙草に火を点けた。
「彼女は遊び相手には不向きだろう」
「そりゃまあ。いやでも顔合わすしな」
お前のお気に入りだもんな、とデスマスクはソファにもたれながら呟いた。
「彼女は私の同僚で友人だ」
「あそ。で?」
「傷つく姿は見たくない」
「お優しいこって。ま、取り越し苦労だわな」
それを聞いて安心した、とアフロディーテは火をもみ消す。
「言質はとったからな」
「へーへー、お好きなように」
飲み直そう、と彼はデスマスクの空いたグラスにワインを注いだ。


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