フラグを立てるな!4



冬休み明けの教室。
「おはようなまえ」
「おはよ、元気だった?」
当たり前のようにクラスメイトに挨拶をして雑談をする。
ようやく顔と名前が一致してきたところだ。クラス名簿と、体操着に書かれている名字だけを手がかりに必死に覚えた。
苦労したのはあだ名だ。
たとえばフク、てっきり福田とかかと思いきや、福笑いみたいな顔だからというむちゃくちゃな理由だったこともある。失礼すぎるだろ。ちなみにそいつの名前は柏木だった。
「っわ」
「うおっ。あ、わりい##NAME2##!」
いいよと笑って答える。こいつは確か早乙女だ。
1限の選択授業、さっそく隣の席は田所くんだった。ラッキーだ。
「よお##NAME2##」
「おはよ。久しぶりだね」
宿題を机の上に出していると田所くんは、
「もしかしてちょっと太ったか?」
と言った。
「え、なんで分かるの・・・?」
昨日、体重計に乗ったら2キロも増えていた。最悪すぎる。
マジかよ、と彼は目を丸くする。
「冗談のつもりだったんだが・・・安心しろって、見た目はべつに変わってねえから」
「いいのよ田所くん。無理しないで」
なんだそのキャラ、と田所くんは笑った。
「そういや、寒咲さんの店を覗いてんのって##NAME2##か?」
ぎくっ。・・・な、
「なんで知って、」
「休み中の練習に顔出してくれたんだよ。そん時に聞いた」
まさか覚えられていたとは。
「名前は聞かなかったって言ってたけど、もしかしてお前のことなんじゃねえかと思って」
チャイムが鳴って先生が入ってくる。
よし、この話はここで終わりだ。
と思ったのに、授業が終わると田所くんは「さっきの話だけどよ」と続けようとする。
「もしかしてほんとに自転車に興味あったりすんのか?」
「あ、まあ・・・チョット、アル」
「なんでカタコトなんだよ。試合を観に行きたいって言ってたよな」
「うん、言った」
「なら一度うちの部活に来てみねえか?」
「いいの!?」
「お、おう・・・もちろん」
私の勢いに田所くんは若干引いているけど、そんなことはどうでもいい。
「今日ヒマか?」
「うんヒマ。なにひとつやることない」
「それもどうなんだよ・・・んじゃ、終わったら教室まで迎えに行くわ。金城にも言っとく」
じゃな、と席を立つ田所くんを「待ってるね」と満面の笑みで見送った。
よっしゃ・・・!心の中ではガッツポーズ全開だ。

***

「待たせたな」
「ううん。全然」
なんだこの会話。カップルか。付き合いたてのカップルか。
クラスの男子が「え、お前らまさかデキてんの?」と驚いたように言った。
「まさか。部活見学に誘ったんだ」
「この時期に?へえー、すげえな」
分かる。ほんとこの時期になんで?だよ。
高2の冬、いやでも受験が視野に入ってくる時期だ。しかも今まで帰宅部だったど素人が門を叩くにはいささかハードルがありすぎる。
それでも足を運ぶ理由はただ一つ、部員の姿を貴重な拝みたいという不純な動機だけだ。
「楽しみだなあ」
「今日は天気がいいから走りに行けるかもしんねえな」
窓の外は久しぶりの快晴だった。階段を一段飛ばしに降りて行くと、
「おい、そんなあわてなくてもいいだろ」
呆れたように田所くんに見降ろされてしまった。
「だって早く行きたいからさー」
「変なやつだな」
もともとの関係性は知らない。でも、一緒にいるのはなんだか楽しかった。田所くんもそう思ってくれていたら嬉しいんだけどな。
「ここが部室」
「お、おお・・・おおー」
ついに。とうとう、来てしまった。
これが聖地か・・・!
田所くんに続いて中に入る。
「お邪魔します」
「よォ##NAME2##。来たか」
巻ちゃんと言いたくなるのをこらえる。いけないいけない、この呼び方は東堂さんの専売特許だ。
「寒咲さんのお墨付きなんだろ?田所っち、しっかり案内してやれよ」
「分かってるって」
お墨付きってどういう意味だろう。なんのことやらさっぱりだ。
「荷物は適当に空いてる棚に置けよ」
「はーい」
これがローラー、こっちが手入れ道具の棚、と田所くんが説明してくれるのを聞いていると元気な声が響いた。
「手嶋純太、入りまあす!」
き、きた・・・!おそるおそるふり向く。
「(純太だ、本物だ・・・!)」
なにを隠そう、私の推しの1人だ。最初はノーマークだったのに突然めちゃくちゃかっこよくなってびびった。
先を見据えた戦略、そして見た目からは想像もつかないほどの努力と根性。推しになるのはあっという間だった。
1年生の純太はまだ顔立ちが幼く、髪も短い。なんて貴重なんだ・・・課金したい。
「青八木は委員会で少し遅れます」
「りょーかい。金城も同じ理由で遅くなるらしいから、先に始めてくれって言われてるッショ」
「分かりました」
こちらに気づいた純太と目が合う。やばい、とうとう推しに認識されてしまった。
「コイツは2年の##NAME2##。今日は見学に来てる」
巻ちゃんに紹介され、こんにちはと挨拶をする。
「1年の手嶋です。よろしくお願いします」
可愛いなおい。にやけそうになるのを必死にこらえる。
田所くんは言った。
「手嶋と青八木ってやつは見どころがあるんだ」
知ってる、と心の中で同意する。
調子に乗った私は図々しい行動に出た。
「手嶋くん」
「はい」
「応援してる。頑張ってね」
純太は戸惑ったような表情を見せる。
「お、は、はい。ありがとうございます!」
「できれば握手してくれると嬉しい」
そう言うと彼は「え、え?握手?」とひっくり返った声を出した。
「俺べつにすげえ成績とか出してるわけじゃないですけど・・・あ、もしかして誰かと勘違いしてます?」
「してない。ほんとに応援してる」
ありがとうございます、と純太が控えめに差し出した右手と握手をする。
あーやってしまった。でも後悔はしてない。
「変なやつだなオメエは」
クハッと巻ちゃんが笑う。
「いいの。ピュアなファンの気持ちだよこれは」
「だってよ。良かったな手嶋」
はい、と純太は照れたように笑った。あーもう可愛い。可愛いの化身だよ君は・・・。
ドアが開く。
「すまない、遅くなった」
金城だ。
彼は集まった部員にメニューを告げた後、私のそばへ来て言った。
「来てくれてありがとう、##NAME2##さん」
さん付けされた。そういえば彼とは一度も話したことがない。きっと遠い仲なんだろうな。
「ううん、こちらこそ呼んでくれてありがとう。邪魔しないようにするね」
「寒咲さんから自転車に興味があると聞いたからどうかと思ったんだ」
たしかに漫画の影響でちょこっとかじった。でもそれだけだ。
たとえば現実の高校とこっちの世界じゃインハイの内容だってちがう。だから、付け焼刃の知識なんてまるで役には立たないだろう。
「ちょっとだけ。なんにも知らないんだけどね」
「いいさそれで。俺たちにとっては、ロードレースを楽しいと思ってくれるのが一番大事だからな」
金城の言葉に頷く。
「今日は天気がいいから久しぶりにタイムを計ろうと思っている。よかったら一緒に正門まで来てくれないか」
ちゃんとあったかい格好をしてきてくれ、と言われ、コートを着てしっかりマフラーを巻く。ついでにスカートの下にジャージも履いた。
「だせえッショ##NAME2##」
「寒いからいいの」
巻ちゃんはつまらなそうな顔をする。あいにく、スカートを脱いでも君が好きなグラドルの足は生えていないんだよ。
金城の掛け声で次々に部員たちが出走していく。
「金城くんは走らないの?」
「ん?ああ、俺はみんなが戻ってきたら田所にタイムを計ってもらうつもりなんだ」
その時、
「すいません、遅れました!」
という声がした。青八木だ。
「あ・・・」
軽く会釈をすれば、彼は律儀にぺこっと頭を下げた。
「今ちょうど出たところだ。準備ができたらいつでも行っていいぞ」
「はい、大丈夫です」
そう言って彼は愛車にまたがる。
「お願いします」
合図と共に彼は走り出した。みるみる背中が小さくなっていく。
「はや・・・」
ああ、と金城は頷いた。
「##NAME2##さんは、」
「ん?」
「部活をやっていないんだろう?」
あーうん、と曖昧に頷く。
「どうして?」
さあ、と答えるわけにもいかず「勉強に集中したくて」と笑ってごまかした。
「そうか。もう志望校は決まっているのか?」
言葉に詰まる質問をしてくるな・・・というか大学なんて名前はふたつしか知らない。
「あー・・・明早とか、かな?」
そうか、と金城は頷いただけだった。会話が途切れたことにほっとする。
「インハイをね、見に行くって田所くんと約束したんだ」
「そうなのか」
「うん。すごい楽しみ」
金城くんは「そうだな」と言った。
「俺も楽しみだ」
この夏のドラマを私は知っている。でも、それが実現するかは分からない。



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