フラグを立てるな!5



「(あ、)」
巻ちゃんだ。ダルそうな雰囲気で誰かと会話をしている。
背が高くひょろっとしているからモデルみたいだと思う。個性的なビジュアルだけど似合ってるし。
ふいに目が合った瞬間、彼は軽く手を振ってみせた。
もしかして私?いやでもまさかそんなはずは。
まわりを確認するとやっぱり振り返してる人は誰もいなくて、ふたたび巻ちゃんを見ればくっくっと笑っている。
そして友だちと別れて教室の中へやって来た。
「おい##NAME2##、せっかく挨拶してんだから反応しろショ」
「えっ、私だったの?ごめん、別の人かと思った」
「ちげえし。なあ、昨日の部活どうだった?」
「最高だった」
最高って、と巻ちゃんは目を丸くする。
「やっぱ変なやつだなオメエは」
「それ、褒めてる?」
「たぶんな。ていうか昨日はたまたま晴れたから外走ったけど、ほとんど室内練と変わんねえよ」
彼は目の前の席に勝手にまたいで座ってそう言った。
「でもなんかすごかったよ。みんなああやって筋トレとかローラー回したりしてるんだね」
「しばらくは体力作りがメインだろうなあ。走れないからって筋力落とすわけにはいかねえし」
たしかにそうだ。今頃きっと箱学も鬼のようなトレーニングをしているんだろうな。
「巻島くんは、春になったら大会とか出るの?」
「どうすっかなあ・・・出てもいいけど、どれにするかはまだ迷ってる。ま、エントリーまではまだ余裕があるしじっくり考えとくショ」
「一般の大会もたくさんあるしね。ヒルクライムとかすごいなあ」
巻島くんは不思議そうな顔をした。
「言ったっけ」
「え?」
「俺がクライマーだって」
「いや、だって有名だから」
「つってもほとんど絡みなかったじゃん俺ら。あ、田所っちから聞いた?」
うんなんかそんな感じ、とへらっと答える。いやどんな感じだよ。
「手嶋のファンだとも言ってたしよォ。もしかして##NAME2##」
さてはそうとう自転車に興味あんなァ?と巻ちゃんは笑った。
なんだかいやな予感がする。
「さあどーかなあ・・・分かんないや」
ごまかしてみるけど巻ちゃんは動かない。
「なあ」
「ハイ」
「うちのマネやってみねえ?」
「それは無理です」
「なんでショ」
君たちの未来が変わるかもしれないから、とは言えない。頭がおかしいと思われてしまう。
「インハイを観客席から見たいもん」
「マネなら車に乗って道路側から見れるぜ」
「いやでもえーと、勉強もあるし」
「勉強なあ・・・それ言われると強くは出れねえけどよ。でも、##NAME2##が来てくれたら今よりもっと楽しくなる気がすんだよな」
その言葉を聞けただけで飛ばされた甲斐があったというものだ。でも、やっぱりだめだと思う。
「すっごく応援してる。だけどやっぱり、足引っ張っちゃうと悪いからさ」
「リョーカイ。ま、気が向いたらいつでも言ってくれ。俺らは大歓迎だからよ」
そう言って巻ちゃんは席を立った。
すると見計らったように「ねえねえ」と友だちが話しかけてくる。
「ん?」
「巻島くんとなに話してたの?」
「部活のことかな。なんで?」
「だって巻島くんってなんか話しかけにくいイメージあったから。なまえと仲良かったんだねー」
私、巻ちゃんと仲良いのかな・・・。
「たまたまだよ。昨日、部活を見に行かせてもらったんだ」
「へーなんで?入るの?」
まさか、と笑って答える。
「入らないよ。受験があるしね」
受験。こう言っておけば、たいていの誘いは断れるはずだ。

***

昼休みの購買は戦争だ。最初は及び腰だったが、そんなことではいつまで経ってもなにも買えない。
目当てはもちろん一番人気のカツサンド。ここのカツは柔らかくてでかいし、パンもふわふわなのだ。ちょっと高いのはしょうがない。
前線に出てなんとか自力でゲットできたことに満足していると、青八木の後ろ姿を見つけた。
「買えた?」
「え?あ」
私は買えたよ、そう言って戦利品を見せると、
「良かったですね」
と青八木は笑った。
くり返す、青八木が笑った。
「?どうしたんですか」
「ううん、ごめん。なんでもない」
あまりの衝撃に一瞬フリーズしてしまった。
「あの、先輩はうちに入部するんですか」
青八木のまっすぐな視線が突き刺さる。
「いや、入らな」
い、と答えようとしたその時「青八木!」という声が聞こえた。
「純太」
純太!いたのか純太!
「##NAME2##先輩。先輩も購買ですか?」
「うん。手嶋くんは?」
「青八木が行くっていうから俺の分もついでに買ってきてもらって、ドリンクに並んでました」
ふたりはここでも協力するのか、さすがT2。
「 昨日はお邪魔させてもらってありがとう」
「 いえ、こっちこそ。なんか新鮮な感じでよかったです。なあ青八木」
青八木はコクッと頷く。
「それじゃ、私行くね」
はい、とふたりは頷いた。くうっ、なんていい子たちなんだろう・・・午後の授業も頑張れそうだ。

***

放課後。
遠回りして、こっそり自転車競技部の前を通るふりをする。
「!あった・・・」
部室の前にキャノンデールとコラテックが仲良く並んでいる。
推しの愛用の自転車、ぜひ待ち受けにしたい。
誰にも見られていないのを確認してしゃがみこんだ。ズーーーム。よし、いい感じだ。
「おい」
「ひっ」
「なにやってんだオメーは」
いきなり田所くんに見つかってしまった。
「あの、自転車かっこいいなーって思って・・・」
「ああ?自転車?」
そんなに気になんのか?と言って彼は前に立つと、
「これは手嶋ので、その隣が青八木。んでその向こうが巻島、金城、俺のだ」
と説明してくれる。
「お願い、ちょっとだけ見てってもいい?」
「別にいいけどよ」
許可が下りたので堂々と近寄って眺める。
うわあかっこいい・・・これにまたがってあのインハイを走るのか。
「すごい・・・」
「分かるのか?」
「いや全然」
「なんだよ」
「でも高いのは知ってるよ」
フレームやタイヤの太さもいろいろだ。きっとそれぞれこだわりがあるんだろう。
「中も見てくか?」
田所くんは部室を指差す。
「・・・だめ。2日連続はさすがに悪い」
「別になんも悪かねえよ。巻島から聞いてんだろ、マネージャーのこと」
「えっなんで知ってるの」
「聞いた。##NAME2##がガリ勉なのは知ってっけど、俺らとしては来てもらえるとすげえ嬉しい」
巻ちゃんに続いて田所くんにまでそんなふうに言ってもらえるとは思わなかった。いやでもガリ勉って。私、そんなに机にかじりついてるイメージある?
正直な気持ちを言えば、やってみたい。だけどこわい。
私が黙ったのを見て田所くんは「無理にとは言わねえけどよ」と言った。
「・・・私、初心者だからさ。絶対みんなの足引っ張っちゃうよ。それに寒咲さんが言ってたけど、今年は妹さんが総北を受験するんだって。あの子ならきっといいマネージャーになるんじゃないかなあ」
「妹は妹、##NAME2##は##NAME2##だろ」
「田所くんは頑固だなあ」
「オメーに言われるとは思わなかったけどな」
断らなきゃ、ちゃんと。断らないといけないのに。
私の口から出てきたのは別の言葉だった。
「・・・考えてもいい?」
「おう」
「ちゃんと考えてくるから。だから、答えを出すのはそれからでもいい?」
もちろん、と田所くんは頷いた。
「ありがとよ、##NAME2##」
「まだいいって言ってないよ」
「分かってるよ。で寄ってくか?」
私は首を横に振った。
「田所パンに寄ってから帰る」
「ならクロワッサンがおすすめだぜ。そろそろ焼き上がりの時間なんだ」
そんな話をしながら校門まで見送ってもらう。
「じゃあな」
「うん、バイバイ。また明日」

***

一方、部室。
古賀の頭の中でふたりの会話がリフレインする。
”考えてもいい?”
”おう”
”ちゃんと考えてくるから。だから、答えを出すのはそれからでもいい?”
”もちろん。ありがとよ、##NAME2##”
「(告白だ・・・しかも見送りまで、これは絶対に脈ありだ・・・!)」
「田所っち」
「ん?おお巻島」
「急に外出てどした?」
「##NAME2##が来てたんだよ」
##NAME2##が?と彼は言った。
「クハッ、好きだなァあいつも。で、なんて?」
「考えてみるってよ」
「マジかよ。俺には断ったくせに」
明日シメるかぁ、やめとけ、とふたりは笑っている。
「(俺には断った、だと・・・!?どういうことだ・・・まさか三角関係・・・!?)」


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