悠人2



部誌を書いているとドアが開く音がした。葦木場くんだ。
「##NAME2##」
「お疲れさま。走ってきた?」
「うん、今日のメニューはおしまい」
ひいひい言いながら帰って来る部員も多い中、自分のペースできっちり終わらせる彼はさすがだ。
「今日は頭ぶつけなかったね」
「あ、そういえば」
長身の彼はしょっちゅうゴチンと音を立てている。2mもあるんだからそりゃあね。
「ここ、座っていい?」
「いいよ」
葦木場くんが座ると椅子がなんだかミニチュアに見えた。
「インハイ、今年が最後だね」
「うん」
「みんな毎日よく頑張ってるなあ」
そうだね、と彼は頷いた。
「##NAME2##さ」
「ん?」
「なにか困ってることない?」
脈絡のない問いかけに疑問符を浮かべる。
「ううん。大丈夫だけどなんで?」
「ならいいんだ。ごめん変なこと聞いて」
「いや・・・気にかけてくれてありがとう」
「うちの部、人数多いし男所帯だから大変なんじゃないかと思って。マネージャー希望は多いけど結局すぐ辞めてくし」
そうなのだ。強豪校、しかも前年度は特に顔がいい部員が目立っていたものだから入りたいという子が増えた。
でも実際はひたすらストイックでとにかく雑用が多い。あれがないこれもない買い出しに行ってくれ、おいドリンクないぞという声に「うるせえ!」と怒鳴りたくなる場面が何度もあった。
「今じゃ後輩をアゴで使ってるくらいだから余裕」
「優しい先輩だって好評だよ。指示も的確だし、ありがとうって言ってくれるから嬉しいんだって」
「そんな、ありがとうくらい言うでしょ」
「言わないやつも多いよ。先輩だからってだけで威圧的な態度とられたり・・・俺そういうの知ってるから」
最強の洗濯係、という言葉が頭をよぎる。
「そういうの、相手は覚えてなくても言われたほうはずっと残ってるんだよね」
「そっか・・・そうかもね」
「だから、##NAME2##はいいやつだなって思うんだ」
俺行くね、と彼は立ち上がった。
「それから、悠人のことだけど」
「・・・うん」
「あのままにするつもりはないから」
そう言って出て行ったドアを見つめる。
もがいている後輩を受け止めるのは、もしかしたら彼なのかもしれない。

***

「なまえ先輩」
「うわ、!・・・びっくりした、真波」
驚かせちゃいました?と彼は笑う。
「なんか1年生が真波のこと先輩って呼ぶの不思議な感じ」
「なんでですか?」
「ルーキーっぽさが抜けないんだよね。あ、いい意味でね」
「俺も今年からちゃんと先輩ですから。あいかわらず遅刻はするんですけどね」
遅刻魔真波、銅橋くんが青筋立ててるやつね。
「それに今日もプリント忘れちゃって。また委員長に怒られちゃいました」
「今日もってとこが問題なんじゃないのかなそれは」
「仕方ないから急いで提出して、それから部活に来たんです。だから全然登り足りないんですよね」
彼ははあ、とため息をついた。
「これから走る?」
「そのつもりです。あ、ユートのこと誘おうかな。知ってました?彼クライマーなんですよ」
知ってる、と私は頷く。
「伸びるとかセンスあるとか、俺そういうのイマイチ分かんないんですけど、ユートのことはすごいって思います」
「そうだね。楽しみだね」
「はい。あ、そうだ」
「なに?」
「今度の休み、アキバに行くんです。なんかパーツショップがあるみたいで」
「あーあるね」
「坂道くんが好きな、ヒメ・・・なんだっけ?マニュだったかな。ガチャガチャおみやげに持ってきますね」
葦木場くんも天然だけど、真波もなかなかのものだと思う。どうして道くんが好きなものを私へのおみやげにしようと思ったのか教えてほしい。
「それじゃ、俺登ってきます」
「気をつけてねー」
はあい、と元気な声が返ってくる。
真波との付き合いは2年目だけど、やっぱりまだまだ不思議な子だ。



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