悠人3



タオル、タオル、タオルの山。
もう何枚畳んだんだか分からない。いいかげん飽きてくる。
「(天気いいなあ)」
こんな日に自転車に乗ったら気持ちがいいんだろうな。窓の向こうでは新入部員たちがビシバシしごかれている。
絶対に何人かが辞めていく。叱られるから、しごかれるからというより、自分の実力をいやでも思い知らされるからかもしれない。
中学では上位だった子がここでは箸にも棒にもかからないなんてことはよくある話だ。
そんな中、新開悠人は違った。
実力だけの部内レースで上位に食い込みめきめきと頭角を表している。
すごい子だよなあ、と思う。
私だったらきっと自転車を辞めてると思う。
他にも兄と比較されることがないよう徹底して、自分はまったく別の人間なんだってまわりにアピールするかもしれない。
だから、そうしないあの子は強い。
部員が言っていた、「アイツ変わった」って。
葦木場くんが彼のいいところを見抜いて、教えてあげたのかもしれない。あのままにするつもりはないって言っていたけど、きっと叱るとか怒るとかそういう頭ごなしのものじゃないんだろう。
きっといい上司になるだろうな。天然だけど。
「あ、##NAME2##先輩!」
私を見つけて悠人くんが駆け寄ってくる。可愛い。
「何してるんですか?」
「洗濯物片付けてるんだよ。悠人くんは?」
「俺は休憩中です。あの、邪魔しないんでちょっとだけここにいてもいいですか?」
いいけど、とちょっとびっくりする。
「友だちのとこ行かなくていいの?」
「多分まだ帰って来てないと思うんで」
彼は笑顔でそう答えた。なるほどね。
「そういえばこの前、真波と一緒に走ったんでしょ?どうだった?」
「なんで先輩がそれを知ってるんですか?」
「その前に真波と話してたの。それでユート誘うって言ってたから」
「ああ。そういうこと」
すごいですねあの人、と悠人くんは言った。
「一緒に走ろうって言ったくせに、俺のこと気にせずグイグイ登ってくし。ついてくのちょっと大変でしたよ」
「ちょっとかあ・・・」
「でもいいです。俺、平坦あんま好きじゃないんで」
平坦はスプリンターのバトルスタジアムだもんね、とは言えない。
彼に対して「新開さんとは違うね」「新開さんと似てるね」みたいに言わないほうがいいんだろう。
なんていうか、新開隼人を比較対象とした物言いをしたら一発アウトって感じだ。難しいな・・・。
「隼人くん、1年の時からすごい期待されてて。タイム見ました?すごかったらしいですよ」
おい自分から振ってくるんじゃない。こういう時なんて答えるのが正解なんだ。
「新開先輩が1年の時は私まだ入学してないから分からないかなー・・・」
「あ、そうか。そうですね」
初めて気づいたように悠人くんは言った。
「やっぱりすごいでしょう兄貴は。俺なんかじゃ、ちっとも比べ物になりませんよ」
「そんなことないよ」
「え?」
「悠人くんと新開先輩は別人じゃん。最初から比べてなんかないよ」
自転車から逃げずに立ち向かう彼はすごい。だけどなんだか上手く言える気がしなくて、とにかく私はそう答えた。
「・・・変な人だなあ、先輩は。誰だって俺を隼人くんと比べますよ。そんなの当然じゃないですか」
隼人くんはすごいから、そう言う声は固い。
「新開先輩はすごいスプリンターだけど、悠人くんはすごいクライマーだよ。全然ちがう」
「全然、ですか・・・ていうか、なんでそんなにムキになるんですか?」
「ムキになんてなってない!」
「なってますよ絶対」
あはは、と悠人くんは笑う。年相応な笑顔を初めて見たような気がした。
「はーおっかしい。なんか、部員の人たちが先輩のことを好きなのが分かった気がします」
「どういうこと?」
「泉田さんや黒田さん、それに葦木場さんもいい人だけど厳しいじゃないですか。だけど##NAME2##先輩には優しいから、それって先輩が女の人だからかなーとか思ったりしてました」
言いたいことは分かるけど、本人に言うなよとは思う。
「でも違うんだなって。みんなのことちゃんと見てる感じだし、面倒な仕事も頑張ってしてくれてるし。隼人くんが言ってたことは本当だったんだって」
「お、おう・・・そっか・・・ありがとう」
悠人ー!と声がかかる。
「あ、行きます。すいません邪魔して」
「ううん。頑張って」
「はい。##NAME2##先輩も」
なんか、急に爽やかになったな・・・。別に重ねるわけじゃないけど、多分これは新開家の血なんだろうな。


- 12 -

*前次#


ページ: