悠人4



「(部室・・・いない)」
ドリンクはすでに準備してある。
あとは・・・あ。あそこがあったか。
洗剤の香りが漂う場所へ向かう。
「すいませーん、##NAME2##先輩いますか?」
数人の部員が俺の声に振り向いたが彼女はいない。
「悠人」
「葦木場さん」
「いないよ、ここには」
そうですかと答える。
なんだ、がっかりだ。無駄足だったな。
「ていうか普通に考えていないでしょ」
「?なんでですか」
「女の子に俺たちのレーパン洗わせるわけにはいかないだろ」
「ああ、そっか。そうですね」
直履きだということを思い出して身震いする。絶対そんなことさせられない。
その時、
「(あ、いた)」
窓の向こうで真波さんと先輩が一緒にいるのが見えた。
そういえばこの間も話したって言ってたなあ・・・なに話してるんだろう。
引き返そうとした時「悠人、」と声がした。
「はい?」
「練習、送れないでね」
「はい。よろしくお願いします」
真波さんじゃあるまいし、とは言わないでおいた。

***

「あれ、」
真波さんしかいない。なんで、
「ユート。誰か探してるの?」
「あ、はい。あの、さっきまでここに##NAME2##さんいませんでした?」
「仕事あるからってたった今行っちゃったよ」
なんだ、今日は噛み合わないな。
「ユートさあ、ひょっとしてなまえさんのこと好きなの?」
は?・・・いきなり何言ってんだこの人。
「別に・・・ていうか、真波さんは名前で呼んでるんですね、あの人のこと」
「うん」
なんだよそれ。普通に不公平じゃんか。
「だめって言われてるんだけど俺が勝手に呼んじゃうんだよねー」
「好きなんですか?真波さんは」
「え?」
「##NAME2##先輩のこと」
「オレが?うーん」
「違うんですか?てっきりそうなんだと思ってましたけど」
てっきり「あっはは、まさかー!オレは山以外興味ないよ」とか言うのかと思いきや、
「どうかなあ」
なんて、なんだよその反応。
「あ、でも今年で最後なんだよね。会えなくなるのはちょっとやだなあ。てことはもしかしてオレ、なまえさんのことが好きなのかな?」
はあ?なんだよそれ。
「悠人はどう思う?」
「さあ・・・分かんないすね」
この人、こういうワケ分かんないとこあるよなあ。
「(しょうがない、今日は諦めるか)」

***

「ぐっ・・・」
お店の前のバス停から乗り、学校前のバス停で降りる。
だけど降りてからのことは考えてなかった。
誰か来い誰か来い、そう念じながらじりじり歩いていると、
「お疲れ様です」
と声がした。
「!悠人くん」
持ちますよ、そう言って彼はさらりと荷物を奪う。
「あ、半分でいいよ」
「いいすよ、これくらい全然」
王子様か。君はロードバイクにまたがった王子様か・・・。
「今日は外練ないんで」
あ、と私は気が付く。
「雨降りそうだもんね」
「そうなんですよ。残念。山行きたかったのに」
「なんか真波みたいなこと言ってる」
「え、そうですか?」
「うん。いつも山が山がーって」
東童さんとふたり、軽やかに登っていく姿が懐かしい。新開隼人、福富寿一、荒北靖友、それにしても素晴らしい世代だった・・・。
「先輩は覚えてますか?隼人くんのこと」
「もちろん」
「どうでした?」
「どうって、・・・」
「先輩から見て。隼人くんはどんなやつでしたか?」
「えーどうだろ・・・」
先入観があるからなあ・・・。
「いい人だったよ」
いや、故人か。言葉間違えたわ。
「抽象的ですね」
「ごめん、そうだよね。かっこいいって思ってる」
「今も?」
「もちろん。元気にしてる?」
「はい」
「そうなんだ。大学でも自転車に乗ってる?」
はい、と悠人くんは答える。
「そっか。あ、悠人くんは1年だけどやっぱりインハイ目標にしてるの?」
「当然すよ」
「頑張ろうね」
そう言うと悠人くんはきょとんとした。
「あの、ごめん変なこと言って。今のなしで!」
「なしって!小学生じゃないんだから」
また珍プレーをしてしまった自分が恥ずかしい。なんだ頑張ろうねって、監督か?親か?
「荷物、ここでいいですか」
「うん。ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして。いつでも声かけてください」
そう言って悠人くんは行ってしまった。ありがたや。

***

頑張ろうね、なんて。なんだこの人と本気で思った。
きっと先輩だってまんざらじゃないんだろう。
もし今この場に隼人くんがいて好きだって言ったら、どうせオッケーするくせに。
なのに、あの人と付き合おうとするとか、
「(ほんと馬鹿みたいだ)」


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