フラグを立てるな!6



考える。考える。何を。
一番に考えなきゃいけないのは、元の世界に帰ること。それが実現するまでは、一日でも早くこの世界に馴染むことだ。矛盾している。
ベッドの上で天井を見つめた。
何やってるんだろう。帰り方を見つけないといけないのに、勉強しないといけないのに。
明日の2限、小テストがあるって言ってた。クラスメイトからのメールも返さなきゃ。進路のこともちゃんと考えないと、この世界の私が帰ってきても困らないように。
「もうやだ・・・」
疲れたよ、やめたいよ全部。
こんなの聞いてない、なんにも楽しくなんかない。がんばってるんだから誰かお給料よこせ。
「自転車競技部の、マネージャー」
心の中に引っかかっているトゲを声に出してみる。
やってみたい。だけどそんな余裕がないことは理解している。
必死でやってきた勉強だってまたついていけなくなるかもしれない。そうだよ、受験。受験がある。だめだ、やっぱり。
唇を噛む。涙がこぼれた。
くそ、くそ。怒りがこみあげてくる。
やりたくて高校生をやり直してるんじゃない。大好きなマンガの世界に来てるんだから少しくらい楽しまなくちゃ。
巻ちゃんが空けた壁の穴だって見てみたいし、坂道たちの成長だって見たい。
幹ちゃんから自転車の話を聞いてみたい、インハイの熱量を思いきり感じたい。
マネージャーをやってみたい。みんなが頑張る姿を近くで応援したい。観客席からじゃなくもっともっと近い場所で。
でも、そしたらストーリー変わっちゃうのかな。総北が勝てなくなっちゃうのかな。
どこかふっ切れた前向きな気持ちと躊躇いが混ざり合う。
考えるのに疲れて、いつの間にか明かりを消さないまま眠っていた。

***

「おはよ・・・」
「はよ」
ヒデー顔だな、と田所くんは言った。
「ひどいーなんでそんなことはっきり言うの」
「いいから鏡で自分の顔見てみろよ。目の下、クマすげーぞ」
知ってる。コンシーラーでこの立体感は隠しきれなかった。
「なんか、いろいろ考えちゃって」
「マネージャーのことか?」
「それも含めいろいろ・・・進路のこととか」
あー、と彼は言葉を濁す。
「なんか悪ィな。時期も時期だし、正直言って無理だって気持ちも分かるんだ」
気持ちに針が刺さったみたいだった。シュン、と音を抜けてガスが抜けていく。
「いや、うん・・・そうだよね」
「だめならだめって言ってくれりゃ諦めもつく。んで、オメーは自分のやりたいことを頑張れよ」
やりたいこと?
くり返しそうになるのをぐっとこらえる。
先生が来て、形式的な挨拶をして、着席してからもずっとさっきの言葉が頭の中でぐるぐるしていた。
この世界で私がやりたいことってなに?
ないよ、そんなの。
「(そんなの、帰りたいに決まってる)」
なんだか急に気持ちが悪くなり、身を固くしたまま吐き気をこらえるのに必死でいると、田所くんが「おい」と小さな声で言った。
「##NAME2##、大丈夫か?顔色悪ィぞ」
「あ、うんなんか、」
「スイマセン!」
どうしたー田所と先生が振り返る。
「##NAME2##が気分悪いみたいッス」
教室中の視線がつき刺さる。
「大丈夫か?保健室行けるか?」
「はい、行けますすいません」
ありがとう、と田所くんに感謝をして席を立つ。
限界だった。
見慣れたと思っていたはずの校舎がまるで迷路のようだった。
田所くんが、みんなが私をこの世界の##NAME2##なまえだと思って声をかけ、優しくしてくれる。
でもそれは本当の私にじゃない。そんな図々しいことを言えるわけがない。
だって、なんて言う?絶対に頭がおかしくなったって心配されるに決まってる。
私がこんなに一生懸命頑張ってることを、誰も知ってはくれない。
保健室に向かう途中で涙がこみあげてきた。くそう、また。昨日あんなに泣いたのにまだ泣くか。
ふと振り返る。
「・・・」
窓の外の空が綺麗だった。
「(屋上、行こう)」
そう考え、降りかけた階段を戻る。
休み時間以外は施錠されているドアを開け、外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
酸素音速肉弾頭、なんつって。
フェンスに近寄って景色を眺める。裏門、そびえる山、聖地でいっぱいだ。
いや、そもそもこの学校が聖地なんだった。忘れてたけど総北高校だよ、ここ。
「・・・ばかばかし」
やめた。もう悩むのやめた。好きに生きよう。
そう考えた瞬間、なんだか軽くなる気がした。
いきなり飛ばされたんだから、いきなり帰れるかもしれない。
もしかしたら帰れないかもしれないけど、今は考えなくたっていいことにしよう。
それからチャイムが鳴るまでずっとぼんやりしていた。
「あ、」
ポケットの内側で携帯が震える。田所くんだ。
"保健室にいねえのかよ”
屋上にいるよ、と返事を返す。
すると、しばらくしてガラッと乱暴にドアが開いた。
「おいコラサボり」
「サボってないよ」
なぜか巻ちゃんと金城もいる。
コツ、と骨ばったゲンコツが軽く頭をぶった。
「田所っちから聞いたぞ。気分悪いっつって授業抜けたんショ」
「うん、外の空気吸ってたの」
「もう具合はいいのか?」
隣に座った金城が顔を覗きこんできた。距離が近い。
「うん」
「##NAME2##の具合悪ィの、ちっとは俺らのせいでもあるんだよ」
「ハァ?なんで?」
「マネージャーのこと、そんだけ真剣に考えてくれたんだと」
そうか、と金城は呟く。
「ありがとう」
「いや、でもまだ考えただけだから全然」
「んで?やるの、やらねえの?」
巻ちゃんが目の前にしゃがんだ。
「オイ」
「カツアゲみてえだからやめとけ巻島」
やりたい。そう答える前に、私は気になっていることを尋ねた。
「どうしてそんなに誘ってくれるの?」
どうせ来年は幹ちゃんが入部する。私みたいなど素人とは大違いの、知識があって素直で可愛い後輩が。
もちろんドリンクの準備をしたりタイムを測ったりあれこれするのは大変だけど、サポートは彼女ひとりだけが行うわけじゃない。
「・・・##NAME2##さんは言っていたよな」
俺たちが自転車に乗ってるのを見るのが好きだって、と金城は言った。
「うん」
「もっと近くで見たいとは思わないか」
見たい、と私は答える。
巻ちゃんはクハッと笑った。
「俺たちがテッペン獲るとこ、一番近くで見てえだろ」
見たい。巻ちゃんのダンシングを間近で見たい。
思いを乗せた黄色いジャージが一番にゴールする瞬間を見たい。
もしも、イレギュラーな存在が近くにいたって変わらない未来を見せてくれるのなら。
「私、マネージャーやってみたい」
私の答えに3人は「おお!」「マジか!」「やったぜ」と声を上げた。
「ようやく##NAME2##を口説き落とせたなァ」
田所くんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「うわ!ひどい、」
「バーカ。いいんだよ」
いいのかよ。全然良くないよ。
「なんでずっとオメーが暗い顔してっか知らねえけどよ。なんかあったら言えよ」
友だちだろーが、と田所くんは言った。
「友だち・・・」
「おい、まさかそうじゃねえとか言うんじゃないだろうな」
友だち・・・ジーン。胸に沁みる。
「私を友だちだと思ってくれていたなんて・・・」
「クハッ!今さらッショ、やっぱ##NAME2##は変わってんなァ」
「巻ちゃんに言われたくないぞ」
「あァ?巻ちゃん?」
じ、と目つきの悪い顔が見つめる。
「どっかのうるせえヤツとおんなじ呼び方してんなショ。・・・まァでも」
##NAME2##が呼びてーんならいいケドよ、と巻ちゃんは口にした。
巻ちゃん呼び、公認を戴いてしまった。尊い。
「お世話になります」
私は彼らに頭を下げる。
「ああ。よろしく、##NAME2##さん」
「任せとけ」
「しょうがねえからきっちり教えてやるッショ」
後悔はない。もう決めた。できることはなんでもする。
あの勇姿をこの目に映すために、私ができることを。


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