honey.5



「なまえさん」
「・・・また名前で呼んでる」
とうとう先輩まで取ったな、と言えば彼は屈託なく笑った。
「クセになっちゃってて」
「だめだってば」
「ごめんなさい、##NAME2##先輩」
素直に謝るが悪びれた様子はない。
個人的には名前で呼んでくれるのは大歓迎なんだけど、部活の中ではやっぱりやりづらくなってしまうのだ。
変な噂を立てられたり、部内の面倒事のきっかけにしたくはない。・・・たとえば悠人くんとか。
「あのね、」
オレって先輩のこと好きだと思いますか?と彼は言った。
「・・・は?」
「先輩がいなくなるのいやなんです、オレ。それでなんでかなーって考えて、そしたら悠人が」
あれ、違うな?と彼は首をひねる。
「逆かも。俺が悠人になまえさんのこと好きなの?って聞いたんです確か。それでそんな流れになって」
「へえーそうなんだ・・・」
いや、さっきからこの子ほんとに何言ってんの?
「そうそう。でね、考えてみたんです」
「答え出た?」
「それが分からなくて」
あ、そう・・・。まさか告白されてしまうのか?と緊張した肩の力が抜けていく。
「荒北さんが君のこと不思議チャンって言ってた意味が分かるわ・・・」
あはは、と真波は笑った。
「先輩がクライマーだったらなあ。そしたら一緒に山に行こうって誘うのに」
そうだねえ、なんて私は適当に答える。
「真波と話してると飽きないなー」
「オレも先輩と話すの好きです。だから卒業しないでください」
「それはちょっと」
「お願い、あと1年だけ」
「同級生になれってこと?いやだよ」

***

片付けを終えた頃、黒田が部室に入ってきた。
「よお##NAME2##」
「黒田、おつかれ」
おつかれさん、そう言って彼はイスに座る。
「なあ」
「なに?」
「いつもきつい仕事してくれてありがとな」
「?どうしたの突然」
彼は「別に」と言って、ふいと顔をあさっての方向へ向けてしまった。
耳が赤い。照れている。見ているとなんだかこっちまでじわじわ熱くなる気がする。
「ありがと。そう言ってくれると、なんかやる気出る」
「そうかよ。・・・お、」
再びドアが開いて入って来たのは泉田だった。
「アブ、ユキ。##NAME2##さんもおつかれさま」
おつかれ、と答える声が重なる。
どうでもいいけど最初「アブ、ユキ」と彼が言ったのを聞いた時、あぶゆきって誰だよ、と思ってしまった。
「そうだ、##NAME2##さん。これ明日からのメニュー」
ありがとう泉田くん、そう言ってプリントを受け取った時だった。
「なんか、よそよそしいんだよな」
「え?」
なにが?と泉田くんは問う。
「その、さんとかくん付けっての。別にいらなくねえか?」
「そう・・・かもしれないけど」
すると突然「##NAME2##」と泉田くんは言った。おお・・・。
「なんか新鮮」
「そうだね」
「つか名前呼びでいいだろ、この際」
「えっ」
この際?どの際?
「でも部活中はだめだって、」
「今は部活終わりだろ。同学年だしいんじゃねえの」
ペットボトルの蓋をひねりながら黒田はそう言った。
「おまえ、割と誰でも名字で呼んでるよな」
「それは、まあ」
だって馴染みがないんだからしょうがない。距離感も分からないまま名前やあだ名で呼ぶよりは、このほうがずっと簡単なのだ。
「塔一郎、ユキ。このほうが楽だろ」
「##NAME2##さんさえ良ければ、俺もそのほうがいいな」
期待をこめたまなざしが刺さる。
「と、」
「と?」
「塔一郎、くん」
「なんでだよ。くんいらねえだろ」
いや、これは思った以上に照れるぞ。
「じゃあ私のことも名前で呼んでね」
なまえ、と黒田はさっそく私を呼んだ。
「そういや最近、新開と仲いいよな」
「そんなことはないと思うんだけど」
「そうか?アイツお前にべったりじゃねーか」
「・・・そう見える?」
見える見える、と彼は頷く。
「別にひいきとかしてるわけじゃないよ」
「分かってるよ、ンなことくらい」
すると塔一郎が、
「君は新開さんに可愛がってもらってたからなあ」
と懐かしそうに言った。
「別に塔一郎ほどじゃないよ。パワーバーをおやつにもらってたくらい」
「ああ、しょっちゅう一緒に食ってたよな」
だっておいしいんだからしょうがない。
「こんなことを言うのは彼に失礼だから黙っていたけど・・・思い出すよ」
ふと感傷的になる。新開隼人という存在が、漫画のキャラクターからひとりの先輩へと変化したのはいつからだったんだろう。
「自転車、今も乗ってるって聞いた」
「ああ」
「明早だろ。・・・なあ」
進学どうする、と黒田が呟く。
「まだはっきりとは」
「なまえは」
「私もまだ」
いつの間にか窓の外が暗くなっていた。誰ともなしに帰るか、と口にする。
「鍵しめとく」
「ありがとう。なまえは寮の前まで送るよ」
遅くまで残った日はこうしてどちらかが送ってくれることが多い。時々、葦木場くんの時もある。
「いつもありがとね。おつかれ、ユキ」
「おう。じゃな」
塔一郎、ユキ。インハイを前に近くなった彼らとの距離がなんだか嬉しい。
次の日に同じ場所で何が起きるかなんて、この時は考えもしなかった。


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