水蜜桃は誰のもの



「お、」
「!」
曲がり角で鉢合わせした彼らは、それぞれ小さな驚きを表わす。
しかし互いが誰であるかを確認した瞬間、態度はそっけないものへと変化した。
「・・・悪いな」
「別に」
和泉守兼定と加州清光。
それぞれ、相手が主への思慕を抱いていることを知っている。
ふいと何事もなかったかのようにすれ違うものの、日々、言葉や態度でびしびしと牽制しあっていた。

***

ねだり倒して連れて行ってもらった万屋からの帰り道。
当然、清光は浮かれていた。
「ねー主、アイスおいしかったね」
「ほんとにねー。うちでも作れないかな」
光忠ならいけちゃいそうな気もするけど、と彼女は思案顔をする。
「ああ、なんかできそうかも」
「だよね。歌仙とふたり、食事の面倒を見てくれてほんとありがたいわ」
そんな会話をしながら畑のそばを通りかかった時だった。
「(げ、)」
あのさ主、と清光はとっさに声をかける。
「ん?なあに?」
「ちょっと回り道しよ。あっち、景色きれいだからさ」
「そうなんだ。いいよ」
そう彼女が答えた瞬間、
「よう。いいねえ、ふたりそろって仲良くお出かけか?」
シャベルをかついだ長身が呆れ顔で彼らを見下ろした。
「和泉守。内番おつかれさま」
「おう」
「お疲れ、空気読めの守兼定」
「うるせえ、ちっとも労わってねえじゃねえか」
ふたりがメンチを切っているのにもなまえは気づかない。
がさごそと袋の中をあさると、彼女はふたりに桃を手渡す。
「内番おつかれさま。清光も、おつかい着いてきてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「ったく、俺が一生懸命に仕事をしていたってのに気楽だな」
満足いくまで相手の額をうりうりと刺激しながら和泉守はそう口にする。
「ちょっと、主のこといじめないでよ」
「別にいじめてなんかいねえよ」
「好きな子ほど意地悪したくなるってやつでしょ?和泉守、分かりやすーい」
ああ!?と彼が目に見えて動揺するので、清光は笑いを隠しきれない。
「お前、絶対に変なこと言うなよ」
「えー、変なことってなにさ」
「別に・・・主も気にすんじゃねえぞ」
幸か不幸か、彼女は未だ拳の名残にもだえているようだった。
「うう・・・まだずきずきする・・・とにかく、ふたりとも仲良くしてね。あ、そうだ」
あとで部屋に来てもらえる?と言われ、和泉守はうなずく。
「ああ、分かった」
「近侍の仕事、まだまだ覚えなきゃいけないことたくさんあるから大変だと思うけど」
「構わねえよ。なんでも言ってくれ」
「ありがと、助かる。それじゃまたね」
そう言い残し、去っていく背中をふたりは並んで眺めた。
「・・・あーあ。あのまま気持ちばれちゃえば良かったのに」
「ふざけんな。そういうお前こそ、主のこととなると急に性格が悪くなるんだな」
「うっさい、余計なお世話」
そんな会話をしながら、なめらかな果肉に齧りつく。
「ぬるいな」
「しょうがないじゃん。それに、これくらいのほうが甘く感じない?」
こぼれ落ちる瑞々しい甘さを堪能していると、ふいに和泉守は言った。
「お前、余裕なさすぎ」
「・・・はあ?なにそれ」
とげとげしい口調で返事をすると、彼はふっと笑う。
「近侍が交代して焦るのは分かるが、」
「全然そんなことないし」
即答した清光に、「どーだか」と和泉守は呟いた。
「ま、別に俺には関係ねえけどよ」
「ほんとお前むかつく。やな感じ」
「へえへえ、さいですか」
食べ終えた桃の種を転がして、彼らは。


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