Honey.9
休憩がてら土手に座って練習を眺めていた。荒北さんが時々サボっていた場所だ。今では真波のお昼寝スポットになっている。
こうして上から見ると、箱学の自転車競技部は下の学年をきちんと教育してる部活なんだなあ、と思う。
人数は多いけど組織としてちゃんとまとまっている。あの中に普段は自分がいることがなんだか不思議な感じだ。
そんなことを考えていると「先輩」と声がした。
「悠人くん」
「おつかれさまです。休憩中ですよね」
隣いいですか、そう尋ねられうなずくと、彼は1人分の間隔を開けて腰を下ろした。
「なに見てたんすか」
「うーん、練習風景かな」
「面白いですか?」
どうかなあ。みんな自転車の調節していたり、まじめに筋トレをしている。
「まあそこそこ・・・悠人くんは?」
「オレも休憩ってことで」
あ、サボったな。でも、3年はハードな練習の間に自分のペースで休憩を挟んでいる。彼らと同じメニューを組んでいるなら休んでいてもおかしくはないのか。
「オレ、ずっと謝りたくて」
あの時はすいませんでした、と悠人くんは頭を下げた。
「え・・・え!いや、あの、私こそひどいこと言ってごめん」
ひどい先輩だ、後輩に先に頭を下げさせるなんて。
彼は「いいんです」とどこか吹っ切れたように笑う。
「ああ言われるの当然だと思ってるんで。あれからいろいろ考えて・・・オレ、マジでサイアクで」
最悪って、と言いかけた私の言葉を遮るように続ける。
「当てつけってのホントにそうだなって。失礼なこと言うかもしんないけど聞いてくれますか?」
「うん」
「最初オレ、先輩のことヘンな人だなって思ったんです」
複雑な気持ちが顔に出てたのか、彼は「すいませんこんなこと」とふたたび謝る。
「ううん、ごめん。いいよ」
「隼人くんからいろいろ聞いてたって言ったじゃないすか。兄貴が褒めるからどんな人なんだろうって、ずっと会えるの楽しみにしてて。まあ、半分はひやかしみたいな感じだったんですけどね」
なのに全然フツーだなって思って勝手にがっかりしたり、それでもちゃんとオレを新開悠人っていうふうに見てくれるんだって知ったらめっちゃ嬉しくて。だけどやっぱりちょっと不安で。
飾りのない悠人くんの言葉に耳を傾ける。
「心のどっかでは、やっぱりこの人もオレを隼人くんと重ねてたりすんのかなって疑ってみたり。ホント、サイアクなやつですよね」
なんだ。・・・私が知っていたように、悠人くんも私のことを見透かしていたんだ。
「そっか」
「そっす」
会話が途切れる。
「それから、」
「うん」
「真波さんのこと羨ましいって思ってて」
「真波が?なんで?」
「だって##NAME2##先輩と気軽に喋ってるから」
「・・・悠人くんは、私と喋ると緊張する?」
私の質問に「いや、ていうか」と彼は口ごもる。
「先輩のほうこそ緊張してるじゃないすか。オレと喋ってる時」
「そうかなあ」
「そうすよ」
そう思ったら、なんだかいたたまれなくなる。
「今、お面ほしいって本気で思う」
なんで、と悠人くんは笑う。
「あげませんよ、あれ気に入ってるんで」
「ちぇ、ケチ」
私の言葉に彼は目を丸くした。
「ケチって、」
ふは、意味分かんねえと笑い声を上げる。
「あ、すいませんつい」
ううん、そう答えた私もつられて笑ってしまった。
「ごめん、なんでおかしくなっちゃったんだろ」
するといきなり「先輩って可愛いですよね」と悠人くんは言った。
「えっ、なに?いきなり」
「ここ来る前からずっとそう思ってました。あ、これは最初からホントです」
「前って、いつのこと?」
「言ったでしょ。隼人くんから写真見せてもらったって」
し、新開隼人〜〜〜!!!
叫び出しそうになるのをこらえる。
どの写真を見せたんだろう。まさか、インハイメンバーでバスに乗って遠くに出かけた時のやつ?
いつの間にかはぐれた私は近所の人に保護され、探しにきてくれた荒北さんに盛大にどつかれたのだ。合流できた時は半泣きだった。
「アニキの隣で笑って映ってて、優しそうな人だなって思ってました。信じてもらえないかもですけど」
「いや、信じるっていうか・・・ごめん。あの時のこと、ほんとにごめん」
「そんな、」
「私ほんとに悠人くんが思ってるようなのじゃないよ。全然優しくなんかない」
優しいっすよ、と彼は少しだけ強い口調で言った。
「オレはホントに、」
言いかけて悠人くんは口を閉ざす。そして、
「##NAME2##先輩って意外と頑固ですね」
と呆れたように言った。
「そうかも」
「でしょ。絶対そうすよ」
悠人くんは相好を崩す。なんとなく、笑った顔が似てるな、と思った。
だから思いきって口に出してみる。
「悠人くんてさ、笑った顔が新開さんと似てるね」
そりゃあそうでしょ、と彼は答える。
「兄弟ですから。あ」
ユキがこっちに向かって手を上げている。集合だ。
「走ってきます」
そう言って悠人くんは立ち上がった。
「うん、いってらっしゃい」
「いってきます」
駆け降りる背中を見送る。いいなあ、と思った。
なにが、なんて上手くは言えないけど、いいな。
鼻の奥がつんとする。どうしてか、胸の奥が痛い。
***
好きだ。
オレ、あの人のことが好きなんだ。あの日の気持ちと今とじゃ全然違う。
先輩のことを誰にも取られたくない。真波さんにも、隼人くんにも。
今日の練習は絶好調だ。体が軽い。告白に失敗した後と比べると雲泥の差だ。
前を走る真波さんの背中に追いつく、追い越す。
「あれ、今日は早いねユート」
「なんかイイカンジなんで」
「そっかー。じゃあさ、上までオレと競争しようよ」
「望むとこっす」
ぐいぐい踏み込んでペダルを回す。加速するたび景色が変わっていく。
山頂が見える。ゴールまでもうすぐだ。
***
##NAME2##先輩、と声がした。
振り向かなくても分かる、悠人くんだ。
「おつかれ」
「おつかれさまです。あの、今ちょっといいですか」
いいよ、とうなずく。
洗ったボトルを並べて今日の仕事は終わりだった。
「オレ考えたんです。ちゃんと」
やっぱり先輩のことが好きです、と悠人くんは言った。
「もう一度チャンスくれませんか」
え、え。
何かがひっかかっているような声しか出ない。喉の奥の蛇口がきゅっと締まっているみたいに。
「好きです、先輩。オレじゃだめですか。オレじゃなまえ先輩の彼氏にはなれませんか」
「え、あの」
「本気で好きです、だから」
待って、思わず彼の言葉を遮ってしゃがんだ。
「ごめん待って、ちょっと・・・」
なんだこれ、顔から火が出そう。力なく丸めた手でなんとか顔を隠す。
ざり、と音がして悠人くんもしゃがんだのが分かった。
「・・・先輩、真っ赤ですよ」
「いいの」
かわい、と呟く声が聞こえる。
「オレ、もう我慢とかできないんで。答えください」
「・・・好きって、なんで」
なんで?と彼はくり返す。
「##NAME2##さんがいいならオレ語っちゃいますよ」
「えっ、それはだめ」
「ていうか、さっきからごめんとか無理とか。ちょいちょい傷つくんですけど」
指の隙間から、悠人くんがむっとした表情を浮かべているのが見えた。
「なまえ先輩」
「・・・はい」
「答えは、イエスですか?」
一歩、彼は近づいた。同じだけ後ずさる。
「なまえ先輩」
ずさ、
「オレと」
ずさ、
「付き合って、」
「分かったから!」
大声で答えた私を、悠人くんがまっすぐ見つめている。
顔が真っ赤だ。たぶん私と同じくらいに。
「ホントですか?」
答えの代わりにうなずく。
「オレのこと、これからも見てくれますか」
「もちろん」
すると悠人くんは「ッしゃ!」と嬉しそうに叫んだ。
そうして立ち上がると、ぐっと握りしめた拳を差し出す。
「オレ、やっとアンタのこと捕まえましたよ。絶対に離さないんで」
親指を立て、人差し指を私に向ける。そして、
バキュン。
私の心臓を撃ち抜いた。
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