まるでプリズム
「・・・」
芝生に転がって気持ちよさそうな寝息を立てている後輩を見下ろす。暗雲がたちこめる空模様、もしやと思って来てみたら案の定だ。
「真波ー、そろそろ起きないと雨降りそうだよ」
声をかけても軽くゆすっても起きる気配がない。
ので、そっと鼻をつまんでみる。すると、ようやくまぶたが開いた。
「おはよう真波」
「・・・」
うーん、と大きく伸びをしてようやく「おはよーございます・・・」と彼は答えた。
「先輩、オレになにかした?」
「ごめん、鼻つまんじゃった。だけど天気悪くなってきたから」
真波は空を見上げる。ゴロゴロと不穏な音も鳴り始めた。
「これじゃ部活は中ですねー、つまんないの」
「昨日、明日はワックスかけ入るから部活ないよって黒田が言ってたよ」
「あれ、そうでしたっけ?」
「そうでしたよ」
「よかった。遅刻したら黒田さん、真波ィー!って怒るんだもん」
屈託のない笑顔で言うから毒気が抜けていく。
「あんまり遅刻はしないほうがいいと思うよ」
「はあーい。あ、」
ぽつ、と当たる水滴。ついに降ってきた。
「やば、」
「#name1#さんこっち」
腕を引かれるまま後を追って走る。その間も雨足はどんどん強くなり、ひたすら足を動かした。
たどり着いた渡り廊下は屋根しかないものの、校舎に囲まれているため雨風は入ってこない。
「いやあ、降ってきちゃいましたねー」
「起こしに行かなかったらずぶ濡れになってたよ」
私がからかうと「ホントですね」と笑う。
「うーん。タオル、ロッカーにあるんですけど部室は入れないんですよね」
「あ、洗濯室なら空いてるかも」
あそこなら乾いたタオルもたくさんあるし、乾燥機もあるから真波のシャツくらいならすぐに乾かせるかもしれない。そう考えて覗いてみれば床は曇ったままだった、ラッキー。
「シャツ乾かす?」
「え?ああ、だけどそんなに濡れてないから平気ですよ」
「そっか。じゃあちょっと待ってね」
棚からタオルを出していると「先輩」と呼ばれる。
「ん?」
「はい」
私の頭にふわりと柔らかいタオルをかけて真波は言った。
「オレより先に乾かさないといけないのは先輩のほうでしょ?」
「でも、真波は選手だから」
昔は体も弱かったし、体調を崩してしまうかもしれない。
「言っとくけど、オレそんなにヤワじゃないですからね」
タオルの隙間から見え隠れする拗ねたような表情。
こうして向かい合うと、普段は意識していない身長差が自然と浮き彫りになる。しっかりした首筋や肩の線から、私はなんとなく視線をそらした。
狭い部屋に乾燥機の音だけが聞こえている。
タオルで無造作に滴を拭っている彼に私は「ワックス終わったかな」と話しかけた。
正直ワックスなんてどうでもいい。終わったところでどうせ立ち入り禁止だし、部室に用があるわけでもない。ただなんでもいいから話題がほしかった。
「どうかなあ。まだなんじゃないですか」
「そっか」
終わってしまった。他に何か、
「#name1#先輩」
「っ、なに」
雨、と彼は言った。
「あがっちゃいましたね」
窓の外に目を向ける。雲の切れ間からわずかな光が差しているのが見えた。
「通り雨だったみたいですね」
「そうだね」
「・・・もうちょっと一緒にいたかったのに」
「えっ」
声がしたほうを見れば、残念そうな横顔が空を見上げている。だから、
「いいんじゃないかな」
と答えた。
「誰も来ないし、・・・」
続きが言えないままでいる私に真波は、
「そうですね」
と笑う。
「たまにはワックスがけもいいですね」
「たまにはね」
「ねえ#name1#先輩」
「#name2#先輩でしょ」
「誰も来ないし今だけ。またオレが寝てたら、探しに来てくれる?」
「気が向いたらね」
「うん。今はそれでいいや」
柔らかな笑顔。
「どういう、」
「ナイショでーす。先輩のこと寮まで送りますよ」
答えはイエスでしょ?と後輩の真似をした彼に思わず頷く。
・・・内緒ってどういう意味だろう。だけど、きっと教えてくれない。
並んで歩く彼の手の甲と触れた瞬間、心臓が痛いほどに跳ねた。
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