夏の続き


「なァーんでキミィはなんべん言っても理解せえへんの?耳ある?脳ある?それホンマに使えるん?」
なんでここまで一方的に怒られなきゃいけないんだろうなあ、なんて地面を見つめながら考える。がみがみねちねち、御堂筋くんのお小言は長い。
「ボクゥがやれ言うたこと半分もできてへんし。
マネージャーの自覚あるん?」
帰りたい。今日は夕飯はすき焼きらしいので部活が終わるのが楽しみだ。
「要領悪すぎてザク以下や。どっかに油差したほうがええんとちゃうの?」
「言いすぎやで御堂筋」
果てしない嫌味を歯切れのいい声が両断した。
「・・・キモォ、なに?石垣クゥン」
「#name2#はいつも頑張ってるやろ。不慣れなだけや」
「はァ?庇うん?ザク以下の、ププ、マネージャーを?」
キモ!と御堂筋くんは言った。
「庇っとるんやない。#name2#も部員の一員や。やりきれんことがあるならカバーし合うのがチームやないんか、御堂筋」
「くんを付けろや言うとるやろがァ・・・!」
あわわわわ、とんでもないことになっている。
「ごめんね御堂筋くん、手際が悪くて。ちゃんとやるから」
ぐりんとこっちを向いた御堂筋は「ハァ?」と首を捻る。
「ちゃんと?何をちゃんとやるのキミィは?何ならやれんの?ちゃあーんと、」
「(ひいいいい・・・!)」
圧がすごすぎて思わずぎゅっと目をつぶる。とてもじゃないけど彼に口答えなんてできない。
「御堂筋!・・・くん、そのへんで堪忍してやり」
「チッ!まあええわ・・・ハァー、ホンマに困った子ォやわ」
彼の背中を見送った石垣くんは「大丈夫か」と優しく尋ねた。
「面目ない・・・私の手際がもっと良ければいいんだけどね」
今年に入って自転車競技部は変わってしまった。
御堂筋くんの言葉どおり、もともと要領がよくなかった私は今日も怒られながらなんとかマネージャーの仕事をしている。
「アイツにも困ったもんや・・・せやけどオレもみんなも、#name2#はよくやってくれてると思ってるで」
ホンマにありがとうな、と石垣くんは笑った。優しさに涙が出そうになる。
「ありがとう・・・だけど御堂筋くんに言われるのも仕方ないと思う、仕事遅いし」
「#name2#、」
「それじゃ、続きやってくるね」
「あ、のさ」
「ん?」
振り向けば石垣くんは戸惑ったような表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「・・・いや、もし困ったことがあったらいつでも言ってくれ。オレにできることやったらなんでもするから」
じゃあ、と軽く手を振って彼も行ってしまった。
御堂筋くんから部室に持って行けと言われたウェイトを持ち上げる。
「ぐっ・・・!」
腰が折れるかと思った。しょうがないから中身を取り出して少しずつ抱えながら運ぶ。ちんたらするなと怒られるけど、できないものはしょうがない。
あらためて、御堂筋くんの中では年功序列という概念がないことを理解させられた。

***

「うう・・・体が痛い・・・」
片付けを終わらせてようやく1日が終わる。明日も朝練か、きついな・・・。
部室の鍵を閉めていると「#name2#」と声がした。
「石垣くん」
「お疲れさん。よかったら一緒に帰らん?暗くなったし送るで」
つらい練習の後なのに爽やかな彼の笑顔を見ると、なんだかほっとする。
「いいの?遠回りになるよ」
そんなんかまへんよ、と彼は明るく答える。
「じゃあ鍵届けてくるね」
「おう。校門で待ってる」
職員室の帰り、ふと窓の外を見降ろせば石垣くんがロードバイクと一緒に待っていた。急ご、そう思いながら階段を駆け降りる。
下駄箱から出た時、
「(あれ、)」
石垣くんが誰かと話しているのが見えて、思わず立ち止まる。
女の子だった。オレンジを背に伸びるふたつのシルエット。
そっか、と思った。いい人だもんな、石垣くんは。
私はただの不器用なマネージャーで、ただのクラスメイト、それだけ。だから本当は送ってもらう理由なんかない。
頭では理解しているはずなのになんでこんな気持ちになるんだろう。やっぱり遠回りだから大丈夫、そう伝えたほうがいいのかもしれない。
「#name2#!」
石垣くんの声に私は弾かれたように顔を上げた。女の子はもういない。
あわてて駆け寄って「ごめん」と声をかける。
「ん?ええよ」
「いや、私のことわざわざ待たなくたって、他の人と帰っても全然・・・」
しどろもどろになりながらそう言うのを、彼は不思議そうな顔で聞いていた。
そして、
「オレは#name2#と帰りたいんやけど、だめかな」
「いや、だめとかでは、でも・・・今」
「今?ああ・・・」
見てたんか、と困ったような声がして私は視線を落とす。
「ごめん、たまたま」
「隣のクラスの子で、前に選択授業で席が近かったからそれでちょいちょい話すくらいで、だから別に・・・」
何言ってんやろなオレは、と石垣くんは呟いた。
向かい合っている私たちはまるでさっきの2人のようだ。なのに、なんだか気まずい。
「帰ろか」
その言葉に頷く。ロードバイクを押しながら歩く彼の隣に自分の影があるのがなんだか不思議だった。
「日が長くなったな」
「そうだね」
「・・・インハイ、近いな」
まっすぐ前を向いている彼の目に、この夏はどんな色に映るんだろう。
「インハイ、もうすぐだね」
ばかみたいに同じ言葉をくり返した私に「せやな」と石垣くんは答える。
夏が終わったら、どうなるんだろう。
「!」
ふいに手の甲がぶつかる。
「ごめん、」
「いやっ!こっちこそ、」
びっくりした。彼の顔が真っ赤だったから。空の色は橙よりも紺に近いのに。
「あの、ごめん」
もう一度そう言ってなんでもなかったように歩き出す。一瞬だったのに、触れた場所がひりひりしている気がした。
「・・・明日も、晴れるとええな」
「うん」
晴れるといいね、なんてやっぱりくり返すだけの私。なのに、
「せやな」
と石垣くんは柔らかく笑ってくれる。
ずっとこんなふうに歩けたらいいのに。
「来年さ」
「っえ」
「来年も、夏が続いたらええのにな」
どうしてそう言ったのかは分からない。でも、
「そうだね」
と答えると、石垣くんは嬉しそうに笑った。

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