もしも○○戦記だったら



「ねえ、もしもの話だけどさ。王太子がアルスラーン陛下じゃなくてここにいる誰かだったとしたら、一体どんな感じなんだろうね?」
「アルフリード、滅多なことを言うものではない。陛下の御前じゃぞ」
「いや、いいよファランギース。それに私もちょっと興味がある」
「だが、これはなかなか面白い話題かもしれないな」
「ギーヴ・・・また何かくだらないことを思いついたのか?」
「ふ、あいかわらず辛辣だなファランギース殿は。だがそこが良い」
「さらりと気味の悪いことを言うな」
「では俺が思うに、もしもダリューン卿がパルスの王太子であったとすれば・・・
アトロパテネの地で、王太子ダリューンは気が付けば味方のパルス兵から遠く離れた場所で孤軍奮闘していた。
そこへ見慣れた姿が現れ、彼はほっとして声を掛ける。
「おお、カーラーン!・・・」
しかし相手は不敵な笑みを浮かべると、「悪いが貴殿にはここで死んでもらおう」と冷たく言い放った。
「・・・っ貴様、何のつもりだ!」
「罪もないあなたには申し訳ないがこれには正当な理由が・・・っ、危なっ!まだ話の途中ではないか!」
「やかましい!国を裏切り、王を裏切ったこの罪は重いぞ、大罪人カーラーン!どんな理由があろうとも、俺は貴様を、絶対に、許さん!」
そうしすぎて猛りくるった王太子は長槍を振りかざし、戦場をシャブラングに乗って駆け抜け、その剛勇に恐れをなしたルシタニア兵は引き返していった。

ダリューン戦記 完

・・・とまあ、こんなところだろうか」
「終わっちゃったね」
「なんというか、呆気ないものであったな」
「しかし納得できるから不思議だ・・・」


「あ、ダリューン。ふふっ」
「!?」
目が合った瞬間、笑顔を見せたアルスラーンにダリューン動揺を隠せない。
「おや、陛下にしてはお珍しい。率先してダリューンをいじるなど」
「あ、いや。そんなつもりでは」
「ナルサス、これには深―い訳があるんだよ!もしもダリューン卿が王太子だったらどうなってたんだろうねって話をしたから、きっと思い出しちゃったんだよ。そうですよねっ殿下」
「あ、ああ!そうなんだ」
「ダリューンが、王太子、だと・・・?想像もつかんな」
もしもナルサスだったらきっとこうだろうな、とアルスラーンは語り出した。
「パルスを裏切っていることを態度に出してはいないはずのカーラーンに対し、王太子ナルサスは不穏な気配を感じていた。
ある日、密かに家来に後をつけさせた彼は、その秘密を暴くことに成功したのだった。
ひとけのない場所へと彼を呼びだしたナルサスは、青ざめるカーラーンに対し「取引をしよう」と持ちかける。
「取引、だと・・・?」
「そうだ。貴様がルシタニアと通じていることなど、俺はとうに知っている。なれば、このことを父上に申せば貴様など即座に処刑されてしまうのだから、悪い話ではあるまい?」
むっつりと黙りこんでしまった相手を気遣うことなく、ナルサスは淡々と話を続けた。
「貴様はこのままルシタニア側からの内通者となるのだ」
「なに!?」
パルスを裏切っていると見せかけ、その実ルシタニアを裏切る。
「おぬしの考えていることの二倍も三倍も、俺は物事を多面的に観ているのだよ」
そう言って王太子は皮肉な笑みを口元にを浮かべた。
こうしてルシタニアは戦いに敗れるところとなり、パルスの平和は護られたのだった。

ナルサス戦記 完

・・・きっとこんな感じだと思うな」
「もはや殿下のお考えがえげつないですよ」
「さすが殿下。では次はそれでいきましょう」


「では俺も、すばらしい英雄譚をエラムのために作ってやろう」
「間に合ってますナルサス様!」
「遠慮せずとも。これはただの遊びさ、そうだなダリューン」
「うむ・・・だが、おぬしにまかせると大変な展開になりそうだから俺が考えてみよう。
頭の回転と口先だけは達者な男との縁が長年続いていた王太子エラム。
やがて彼は男の非凡過ぎる筆の才に目を止め、ある日その作品の一枚をルシタニアに送りつけるこう告げた。
「もしもこの先、パルスに攻め込もうものなら貴様らはみなこのようになるぞ」
そのあまりの凄惨さに、ルシタニア人はみな震えあがり、後の世に至るまでパルスに攻め込むようなことはついぞなかった。
やがて彼が国王として即位したあとのパルスは平和で、みなが穏やかに暮らせるようになったのだった。

エラム戦記 完

どうだろうか?」
素晴らしい、とアルスラーンは拍手する。
「俺の扱いがずいぶんとひどいではないか!」
「おや、俺は誰かを名指ししたつもりはないが?」
「結末は良いとしてもやっぱり・・・うーん・・・」


「あたしが王太子になってナルサスと結ばれる話を作ってよ!」
「アルフリード、王太子なのにナルサスと結ばれるのか?」
「富も権力も恋もって、さすがに都合よすぎないか」
「細かいことは気にしない!ねえお願い、おねがーい!」
「仕方ないのう・・・
本来であれば、王太子として生まれるはずであったアルフリード。
女児というだけで里子に出されてしまうという憂き目をものともせず、ゾット族の娘としてすくすくと成長していた。
しかし、運命の歯車は正しい方向へと進み、ついにパルス国の王位継承者として迎え入れられることとなった」
「いい感じ、いい感じ!」
「その先は俺が続けよう。
ところが、だ。
運命の歯車とはそう甘くないもので、確かに王太子アルフリードは蛮族ルシタニアに臆することなく勇敢に戦い勝利を得た。
が、それを間近で見ていたナルサス卿はこう考えた。
この者なら俺がいなくとも立派に治めてゆけるであろう、と。
そこで彼は、かねてより予定していた隠遁生活を満喫することにしたのであった。

アルフリード戦記 完」

「ちょっと!ギーヴが継いだらあたしとナルサスが結ばれなくなっちゃったじゃない!」
「しかしこうなるのは目に見えているような気がするがなあ」
「どちらにせよ、おぬしはまだ若い。道のりは長いぞ」
「ファランギースまでー!」


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