某月某日



「あーもう最悪、さいっあく!」
「なんだよ、うるさいな・・・」
うるさそうな安定。
ばか野郎、こちとら真剣にショック受けてんだよ!
「つーめーがー折ーれーたー!」
「爪ェ?」
「ちゃんとやすりで手入れしてた俺の自慢だったのに・・・」
「やすりばっかかけてたから脆くなったんじゃないの」
「えっうそ!」
「分かんないけど。気になるなら手入れ部屋行けばいいじゃん」
「重症と中傷が入ってんのに?」
こんな理由で手入れしてくださーい、なんて行こうもんならその場で重症にされるわ。
「じゃ伸びるの待てば?」
「だってその間ずっと可愛くないじゃん?・・・なにその目、やめてよ」
じと。
そしてため息。
「爪が折れようがなんだろうが、お前の可愛い指数はそんなに変わんないよ」
「そう?・・・それけなしてない?」
「分かった?」
腹立つ・・・!
「可愛い指数は俺にとって重要なの!」
「今はマイナスだもんね」
「・・・〜っあーもーほんっと可愛くない。そんなんじゃ主に嫌われるよ?」
「僕はお前みたいに可愛さを売りにしてないから平気」
ほんといい性格してるよ。
そういえば、こいつたまに爪噛んでるよな。
「なに、いきなり手なんか握って」
「いや。やっぱまだ噛み癖あるんだ」
「噛み癖?・・・あ、爪」
「やめときなって」
「だってそういう時にかぎって爪切り見当たらないんだもん」
「探せよ」


ようやくたどり着いた敵の本陣。
長曾祢さんをさしおいての隊長とくれば気合いも入る。
「おーし・・・全力でいくぞ!」
「げっ」
がくっ。
「ねえ爪折れてんだけど!最悪!」
爪ってお前。
冷静に安定がつっこむ。
「どのみち戦いできったなくなるんだからいーじゃん別に」
「言い方!」
「まあまあまあまあ。しょうがないよ清光くん、実戦だもの」
「そうだけどー・・・あーあ、テンション下がった」
あまりにも日常的すぎて、士気が音を立てて抜けていく。
「おい」
「どうしたの?」
「本陣叩くって時になにごちゃごちゃやってんだ」
「あっそうだよね、ごめんね兼さん!ほら、ふたりともちゃんとしよう?」
「爪が折れただけでちゃんとしてるし」
「僕はもともとちゃんとしてるし」
幼稚園児か。
長曾祢さんが口を挟む。
「帰ったら俺のおごりでみんなで団子でも食べよう」
「やったあ!僕みたらしとあんこ三本ずつがいい!」
「長曾祢さん、こいつの食欲甘く見ないほうがいーよ」
「ほんと、こんな細い体のどこに入るんだろう。ねえ兼さんどう思う?」
「頼むから全員ちゃんとしてくれ」


「あれ?清光なにやってんの?」
「んー・・・いい感じ」
「あっ、それ主の携帯じゃん!」
「そうだけど?」
「だめだよ、勝手にいじったら」
「だいじょーぶだって。ちゃんと使い方分かってるから」
「・・・本当に?」
「見て。ほら」
「は?なんでお前が映ってんの?」
「俺がたった今撮って待ち受けにしたから」
「へー・・・ねえ清光」
「なに?」
「僕も映ってみたい」
「えー?どうしよっかな」
「お願いお願い!内緒にするから!」
「いや、待ち受けの時点ですでに・・・まあいいけど。ほら」
「ん?近くない?」
「でないとふたりとも映らないじゃん。いい?こっちじゃなくて、この丸のほうを見んの」
「分かった」
「せーの、」
パシャ
「どう?ちゃんと撮れた?」
「撮れたけど・・・お前むかつく。どんだけ写りいいんだよ・・・」
「あ、」
「あ、堀川く」
「いたよ、兼さん!」
「清光!おまえ畑の日だろーが!」
「ん?・・・やべ!」
「あはは、清光ってば忘れんぼうだなあ」
「いや、お前もだからな」
「え?・・・あ!」
「ったく、そろいもそろって沖田組はどうなってんだか・・・御用改めである!お前ら、神妙にお縄につけ!」
「うわーうざ」
「ひとまとめにするのやめてよ、ちゃんと行くってば!」
そんなやりとりがあったことも知らず、携帯を眺めた私は嬉しい気持ちになる。
「・・・ふたりとも、可愛く撮れてるなあ」


「・・・〜〜〜っすっぺえー!!」
平和な本丸に響き渡ったつんざくような悲鳴。
「どうしたの兼さん!?」
「だっ、堀川、これなんっ」
「え?・・・ああ」
彼はそこにあるものを見て納得する。
「これは梅を天日干ししてるんだよ」
「梅ぇ・・・?」
そこへ、箒を手に清光と安定がやって来た。
「ねえ、おやつなにー?」
「おつかれさま。今日は葛きりだよ」
やった葛切り、と喜んでいる安定の隣で清光は、
「和泉守、梅干し食べたでしょ」
と冷静に指摘した。
「・・・ああ」
「どうだった?」
「思っていたのとちがった」
ぶすりとした表情で答えたのを見て噴き出す。
「おい、笑うな!」
「いやいや。俺もやったことあるし」
「へえ、清光くんもつまみ食いしたの?」
「もちろん、誰だって最初はするでしょ。とにかく塩分濃度やばすぎ」
「梅なら蜂蜜漬けがいいな」
安定の言葉に和泉守は頷く。
「じゃあ後であげるね。そうだ、主さんにも持って行ってあげようかな」
「だったら俺も行く」
「僕も」
「それならみんなで行こうよ」
「これ置いてくるから待ってて」
そう言い残して走り去る後ろ姿を眺めながら、
「刀振るう時と主の前とでは大違いだよなあ」
と和泉守は呟く。
「確かに・・・でも兼さんだって、戦場にいる時はつまみ食いするようには見えないけど」
「いいだろ俺のことは。んで、どれを主に持って行くって?」
「あ、部屋にあるから取ってくるね」
ひとり残った和泉守は、何を思ったのか目の前の梅をひとつ取って懐紙に包む。
「こいつも主への土産にするか」
口に入れた瞬間の彼女の反応を想像して、彼は笑みを浮かべた。


「いつか好きな人ができるのかな」
「・・・おまえに?」
「なんでよ。主に」
「ああ、そっち。そうなんじゃないの」
「主はその人のことが好きでさ」
「うん」
「その人もきっと主のことが好きでさ」
「結局なにが言いたいの?」
「なにって、・・・別に。てかお前そういうとこあるよね」
「そういうとこってなんだよ」
「すぐ結論を急ぐ感じ」
「そ・・・あー、まあ、あるかも」
「主が好きになる相手ってどんなやつかなって思っただけ」
安定は考えたのち、短く答えた。
「優しい人がいい」
「うん。俺もそう思う」
彼女は優しいから、意地悪な人は似合わない。
「沖田くんみたいな人がいいんじゃないかな」
「えー、なんかそれ贔屓目じゃない?」
「いいの。とにかく、僕は応援したいな」
ふーん、と清光はそっけなく答える。
「清光は?」
「俺は多分できないと思う」
ああそうか、と安定は思った。
だからこんなに憂鬱そうなのか。
「人の身ってさ」
「なに」
「めんどくさいよね」
「・・・分かったふうに言うな」
ごめんと素直に口にする。
「それはそれで気味が悪いんだけど」
「じゃあどうしろっていうんだよ」
かちんときて返事をすると、意外にも相手は笑った。
「いつもどおりでいーよ」
「なにそれ。変なの」
「はいはい」
「なんで僕があやされた感じになってんの・・・まいいや」
「ん。ありがと」
「別に、なにもしてないし」
「そういえばそうじゃん。謝り損」
「はあ?」
そんなやり取りを、安定はどこか新鮮な気持ちでしていた。


「いやー今日もあっちいな」
御手杵は手うちわをあおぎながら言った。
「・・・なあ。あんた、さっきからなにを考えてる?」
「私、ずっと思っているんだけど」
庭では、蜻蛉切が村正とつつじを背に立ち話をしている。
次の瞬間、いたずらな風がふわりと彼の袴のすそを持ち上げた。
「おおっ!?こ、これは・・・!」
「おやおや、fufufu・・・とってもセクシーでシタよ、蜻蛉切」
ふざけるんじゃない、と赤くなる相手に対し、にこにこと笑みを浮かべている村正の、深いスリットの間から美脚がちらりと覗いた。
その時、後ろの障子の向こうから、
「ねえ、やっぱりこっちの赤のがかわいいかな?」
と尋ねる声が聞こえた。
「僕にはどっちも同じに見えるんだけど・・・」
「堀川ってば、全然ちがうって!じゃあさ、どっちのほうが主の好みだと思う?」
「うーん・・・分かんないけどこっち?」
蜻蛉切さん、村正さーん!と、遠くから乱が駆けてくる。
「見て見て、新しいリボン買ったんだよ!似合う?」
くるくると回ってみせる彼のスカートが、花が開くように舞う。
「この本丸、女子多すぎだよね」
「あんた何言ってんだ?」


「なあ、あんた」
ぶしつけに声をかけられても表情ひとつ崩さず、小狐丸は答える。
「なんでしょう」
「聞きたいことがあるんだけどよ」
珍しく同田貫が話しかけてきたことに内心驚いていたが頷く。
「答えられることであれば」
「あんた、暇さえあればいつも主の後ろをついて回っているが、好いてんのか?」
さすがに頬が引くつくものの、彼はゆるやかに首を振ってみせた。
「いいですか。まず、あんたではありません。そちら同田貫という名があるように、私には小狐丸という名前があります」
そこからかよ、と同田貫は眉根を寄せる。
「それから暇さえあればと申しましたが、私はそんなにぬしさまの周りをちょろちょろしているつもりはありませんよ」
「じゃあ無自覚なのか」
「ですが、あの方のことはもちろんお慕いしております」
「ふーん」
「・・・それだけですか?」
「ああ」
あっさりとした相手の反応を見て小狐丸は脱力する。
「では、もう行っても良いですか」
「ああ、呼び止めて悪かったな。・・・でもよ」
でかい成りしてガキみたくくっついて歩くのはどうかと思うぜ。
「・・・」
歩き去る無骨な後ろ姿を眺めて、小狐丸はゆっくりと目を細めた。
「私のやり方に口を出すなど、千年早い」


「・・・さむ」
布団の中で身を縮める。
空気が冷たすぎて眠りにつくのが難しい。
もぞもぞと寝返りをうっていると、隣の部屋から「大将」と呼ぶ声がした。
「眠れねえのか?」
「薬研・・・寒くて寝れないよう」
ややあって「そっち行ってもいいか」という問いに私はうん、と答える。
ふすまが開く音がして、隣に彼の気配がした。
「よう」
「薬研、いらっしゃい」
薬研は寒くないの?と尋ねれば、
「見た目のとおり子供体温でな」
と苦笑交じりの声が答える。
「毛布かけてやろうか」
「ありがとう、お願い」
柔らかい重みを感じてほっとする。
「薬研」
「ん?」
「隣の部屋、」
「ああ。すぐに戻る」
「ちがうの。もうちょっとここにいて」
お誘いか?と笑う声に、
「あったかい格好してもう少しだけ」
と返事をした。
すると、彼は何も言わずに隣に寝転び、最後にかけた毛布を自分の上にもくるようにずらす。
「今日は役得だな」
「ん・・・あったかい」
「ああ。大将は可愛いな」
「ありがと、薬研はかっこいい」
くつくつと笑う声とともにありがとうな、と言うのが聞こえた。
「私の自慢。大事な宝物」
「そうか、・・・大将も俺の宝だよ」
嬉しい、と夢うつつの中呟く。
薬研の手が、そっと私の指先を握った。
「おやすみ、大将」


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