ロマンスの果て



たった一枚、ガラスをへだてた向こう側の世界が静かに冷えてゆく。
テレビに映る古いシネマの音を消して、今は雨音がBGMの代わりだった。
背中を預ける代わりに、アフロディーテは私を腕の中に抱え込んでいる。
黙ったまま画面を眺めている彼がなにを考えているのかなんて分からない。
恋をした頃の胸の高鳴りを感じない代わりに、感情をむき出しのままぶつけ合う時のつらさが身に沁みることもない。
譲り合うことを覚えた私たちの関係は、まるで風のない海のように穏やかだった。
私の前で組み合わせている指を解したり絡めたりしていると、耳元で小さな笑い声が聞こえた。
そして、
「飽きたの?」
と尋ねる。
それは、目の前のつまらないドラマのことだろうか。
それとも。
答えないままでいると、アフロディーテはそっと肩口に顔を埋める。
なにもかもを知ってしまっているお互いのぬくもりは心地良いはずなのに、なぜかすこしだけ空っぽだった。
「アフロディーテは?」
そう聞き返すと、彼は先ほどの私と同じように押し黙る。
やがて、
「どうかな」
と、ぽつりと答えた。
「つまらなくはないけど、とても退屈だね」
シネマの恋人たちは、あっけなく別々の道を選択した。
寂しい結末のようだけれど、きっと彼らにとっては決別が最善の答えだったんだろう。
「ねえなまえ」
結婚しようか。
まるで、なんでもないことのようにアフロディーテはささやいた。
雨が降ってるね、とでも言うように。
彼の手が私の左手をそっと包み込む。
「アフロディーテ・・・本当に?」
ふり返って見上げると、彼は優しく目を細めて答えた。
「こんな大切なことで嘘などつかないよ。・・・なまえ」
向かい合うように座り直した私を、アフロディーテは優しく抱きしめる。
「私は君に恋をしていたよ。それが終わって、今はただ愛しているんだ」
間近で見つめるアフロディーテのまなざしは穏やかで真剣だった。
そうして、私たちはいつものようにキスをする。
けれど重ねられた唇がなぜかとても愛しく感じて、思わず強く押し当てた。
ただ愛している。
理由はそれでじゅうぶんだった。
「・・・私、アフロディーテとずっと一緒にいたい」
「ありがとう。君にそう言ってもらえて本当に嬉しい」
ずっと考えていたんだ、とアフロディーテは言った。
「どうすれば良いんだろうって。どうすれば、私たちは幸せでいられるんだろう。ねえ、私はそのために別れることさえ考えたんだ」
ばかみたいだろ、と彼は笑う。
「ううん・・・そんなこと、ない」
嘘みたいにみるみる視界が滲んでいく。
きっと空っぽだと思っていたコップが一気に満たされ溢れてしまったからだ。
アフロディーテの両手が私の頬に添えられる。
額をくっつけて彼は告げた。
「私は必ず君を幸せにする。一緒に幸せになるんだ」
その時の私がなんて答えたのかなんて覚えていない。
ただ、雨の音がいつの間にか止んでいたことだけがかすかに記憶に残っている。


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