贅沢な朝



優しく揺り起こされて、うっすらと目を開ける。
「おはよう、なまえ」
微笑みを浮かべたアフロディーテが、素敵な朝だよ、と誘った。
「朝・・・もう?」
「ああ。ほら」
そう言って、彼はカーテンをシャッと開ける。
いきなり飛び込んできた朝の光が眩しくて、思わずベッドに潜りこんだ。
「こらこら、往生際が悪いよ」
言葉とは反対に優しく毛布を引き剥がされ、観念して身を起こす。
「おはよう、アフロディーテ」
「おはよう。なまえ、キスを」
一日の始まりと、それから一日の終わりにも。
優しく触れるだけのキスをして、彼は愛おしそうに目を細める。
「とにかく支度をしておいで・・・でないと、いつまでもやめられそうにないから」
「ふふ、そうだね」
立ち上がった私に、「ああ、そういえば」とアフロディーテは言った。
「今朝はお客さんがいるよ」
「お客さん?」
「来てみれば分かるよ。向こうで待ってるから」

***

今日の朝食は、どうやら外で食べるらしい。
朝露をふくんだ柔らかな芝生の上を歩きながら、チェック柄のクロスが掛っているテーブルに向かう。
「・・・瞬くん?」
ギャルソンエプロンをつけた後ろ姿に声をかけると、彼は笑顔で振り向いた。
「おはよう、なまえさん」
「おはよう。お客さんって瞬くんのことだったんだね」
「うん。アフロディーテにお願いして呼んでもらったんだ」
しばらく会っていない間に、身長が高くなっているようだ。
わずかに高くなった目線を彼も知っているのか、照れたように笑う。
「ね。僕、背が伸びたでしょ」
「うん。最近?」
「どうかな。だけど、成長してるのは僕だけじゃないからね」
そう言って、彼は肩をすくめてみせた。
普段一緒にいる少年たちも負けじとぐいぐい大きくなっているから分かりづらいけれど、こうして向かい合っているとどれだけ大人びてきているのかがよく分かる。
表情だって、可愛らしさの中に精悍さが見え隠れしていた。
「そのうちなまえさんといても、姉弟に間違われなくなるかもね」
「いつかアルデバランだって追い越しちゃうかもよ」
それはちょっと困るなあ、と瞬くんは眉をひそめた。
「あ、」
両手のふさがっているアフロディーテに気がついて、彼は駆け寄ってドアを開けた。
「ありがとう。ふたりとも、お待ちどうさま」
その手に乗ったトレーの上にはオムレツとサラダ、かりかりに焼いたベーコンが添えられている。
バスケットには焼きたてのバゲット、それにバターとたっぷり入った蜂蜜の小瓶。
「わあ、すごい!」
瞬くんと私に褒められて、アフロディーテは苦笑する。
「どれも焼いただけだよ」
けれどまんざらではないようで、口元に笑みを浮かべたままカトラリーを引き寄せ彼は言った。
「さ、食べよう」
シトラスやベリーを浮かべたガラスのポット、飾られている淡い色の薔薇の向こうには、美しい恋人と大好きな友だち。
きっと今の私は世界一幸せだろう。
「こんな素敵な朝を用意してくれてありがとう」
「どういたしまして。だけど、それは君がいてくれるからだよ」
私たちの会話を、瞬くんはどこかくすぐったそうに聞いている。
いただきます、の声が重なって、贅沢な時間が始まった。


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