薬指の秘密



はあ。
僕がため息をついた瞬間を光牙は見逃さなかった。
「どうした?朝っぱらからため息ついて」
「あ・・・ばれた?」
「ばれたもなにも、そんなでっかい音聞き逃すわけないだろ」
「だよねー」
目の前の空いている席に座った光牙は、なんかあったのか、とペットボトル片手に尋ねる。
「あるにはある、みたいな」
「なに?俺でいいならいくらでも聞くけど」
親身になってくれる光牙、いい友だちだなあと思う。
「あのさ、来週から夏休みに入るでしょ?」
「うん」
「なまえさんのとこに遊びに行くんだけど」
待った、と彼はストップをかけた。
「のろけなら遠慮する」
「ちがうよ。本気の悩み」
「あそ。じゃあ聞く」
「なんだっけ・・・あ、でね。プレゼントしたいものがあって」
プレゼント?と彼は首をかしげる。
僕はカバンの中からそれを取り出すと机に置いた。
ただの銀色の小箱。
「これ中身なに?」
「指輪」
「指輪!?」
光牙の出した声に何人かのクラスメイトがこちらを振り向く。
「びっくりした・・・いきなり叫ばないでよ」
「だっておまえ、結婚すんのか?」
「ううん。でも、付き合っているわけだし・・・一応」
普段は会えない距離だからこそ、目に見えるものでつながっていたい。
そう思って衝動的に買ってしまったのだ。
でも、これってひとりよがりなのかもしれない。
「束縛だと思う?」
「いや・・・ごめん、俺そういうのは分かんねえかも」
申し訳なさそうな光牙に、僕はごめんと謝る。
「やっぱり自分で考えないとだめだよね」
「あ、ならさ。ユナに聞いてみるのはどうだ?」
「ユナ?」
そういえば、ぴったりの相談相手がいるのにどうして思い出さなかったんだろう。
おーいユナ、と彼は手を上げてこちらへ呼んだ。
「なに?」
「あのさ、これってどう思う?」
「光牙、それじゃ分かんないと思うよ・・・」
きれいな指輪ね、と彼女は言った。
「龍峰が買ったの?」
「うん」
「もしかしてなまえさんに?」
うん、と頷くと、ユナは「龍峰もやるわね!」と笑う。
「これすっごく素敵よ。きっとなまえさんも喜ぶと思うわ」
「本当に?」
「もちろん。だけど、別に指輪じゃなくたっていいの」
好きな人とと同じ物を持っているってなんだか特別じゃない、と彼女は言った。
「特別・・・」
そっか、だから僕もなまえさんとお揃いが良かったのかもしれない。
「ありがとう光牙、ユナ。やっぱりなまえさんに渡すことにするよ」
おう、と光牙は頷く。
「解決して良かったな、龍峰」
「今度会うのが楽しみね!」

***

大きな荷物を持った旅行者たちと一緒に歩きながらなまえさんを探す。
「(まだ来てないかな・・・)」
広い空港のロビーでたったひとりを探すのは難しい。
僕はポケットからあの箱を取り出して眺めた。
彼女は喜んでくれるだろうか。
その時、
「龍峰?」
「!、なまえさん」
やっぱり、と彼女は嬉しそうに笑う。
「良かった。間違えてたらどうしようって思ったの」
なまえさん、本物だ。
僕は急いで駆け寄る。
「久しぶり、なまえさん。元気だった?」
「うん。龍峰、背が伸びたね」
言われてみればそうかもしれない。
周りも一緒に成長しているから自分では気づかないけど、僕も少しずつ大人になっているんだと知って安心する。
「あのねなまえさん」
「なに?」
会いたかったよ、そう言うと彼女ははにかんだように「私も」と答えた。
可愛いなあ。
前に会った時よりもずっと綺麗になってる気がする。
空港を出る時、僕は彼女を呼びとめた。
「龍峰?」
「あのさ・・・ちょっと手を出してくれる?」
よく分からないまま右手を差し出す相手にそっちじゃなくて、と言ってもう片方を借りる。
なまえさんは不思議そうな顔をしていたが、僕がしたことに気づいた瞬間、
「うそ・・・」
と呟いた。
「だめ、かな?」
「ううん。だめじゃない・・・でもこれ、」
プロミスリングのつもりだった。
「いつかここにちゃんとした本物を嵌める時まで、待っていてほしいんだ」
「龍峰・・・うん」
なまえさんの瞳がうるむ。
「ありがとう。大切にするね」
「うん。・・・それじゃ行こっか」
彼女との約束が叶うその日まで、変わらない気持ちをリングにして僕たちは歩き出した。


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