信濃藤四郎のプライベートタイム




「あー・・・超よかった!」
ぱたんと本を閉じて、乱はうっとりと口にした。
「そんなに面白かった?なんだっけその話」
「万屋で見つけて買ってみたんだけど、もうすっごいいいの!」
「へー、え」
この子ハーレクイン読んどる。
「主さんにも貸したげる!」
「え、あ、ありがとー…」
まじか乱…。
ねえねえ、と身を寄せてきた彼は「主さんは身を焦がすような恋愛したことない?」と聞いてきた。
「いやあ…ないですね」
「えーじゃあ、僕としてみちゃわない!?」
「ノリでできるものなの?」
みーだーれ、とそれまで黙っていた薬研が口を挟む。
「大将が困ってる」
「だあってえー」
「や、でも私は身を焦がすような恋愛はしなくてもいいかなあ」
「えーっなんで?憧れない?」
「なんだか疲れちゃいそうだから。一緒にいて楽で、そばにいるのが当たり前みたいな関係が理想かな」
「へえー、そうなの?」
「ふふ、どきどきは本の中だけでじゅうぶん」
「じゃあこの本はぴったりだよ!あのね、おしのびで来ていた石油王と運命の出会いをするの!」
すげえ典型的なの読んでる。
「すっごい求婚してくるんだけど、ヒロインはつれないの。それがますます石油王の心に火をつけるんだけどね」
ぼそりと薬研が「引火したのか」と呟く。
「薬研!」
「はは、聞こえてたか」
石油だけにってか、そう思いつつ飲み物を取ってこようと思い私は立ち上がった。


***

「あ、大将」
「信濃、お湯もらってもいい?」
「もちろん。あ、淹れたげるよ」
そう言って彼はとぷとぷとマグにお湯を注ぐ。
「ありがとう」
「どういたしまして。コーヒー?」
「うん」
そっかあ、と彼は柔らかく笑う。
「信濃は?なに飲むの?」
「俺はカフェオレ」
「そっか。ありがと…はーおいし」
「大将はほんとにコーヒーが好きだね」
「うん。なんだかほっとするの」
「コーヒーみたいな人がタイプ?」
「え?」
「ごめん、実はさっきの話聞こえてたんだ。あ、でも、そばにいるのが当たり前っていうのとほっとするっていうのは別か」
あー石油王、と言うと「そうそれ」と彼は笑う。
「超でかい油田持ってるんでしょ。俺は温泉掘り当てるほうがいいなあ」
「えー私は油田ほしい。そのお金で温泉掘るもん」
「あ、それいいね」
「ね。あと緊張するのは苦手」
やだよね緊張、と信濃は笑う。
「俺は大将といるの好きだよ。緊張とかも全然しないし」
「えー嬉しいありがとう」
「大将は?」
「え?」
「俺と一緒にいて緊張する?」
「どうかなあ。今はしてないけど」
今はって?と信濃は尋ねる。
「だって男の人だから」
「え」
「え?」
驚いたような顔をした彼は「いや、」と口ごもる。
「意外。ちゃんと意識してくれてるんだと思って」
「それは、だって。みんなそうだよ」


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