前田藤四郎と静かなる格闘
人の姿を得た時、前田藤四郎は自身が少年であることに対して多少の失望を感じた。
上背のある長兄や仲間の中においては特にそのことを意識させられるものの、今はむしろ、この身だからこそできる戦い方があると前向きに捉えることにしている。
けれど。
やっぱり時々は、大人でありたいと思うのだ。
***
向かい合って座る相手を上目づかいに見つめる。
すらすらとペンを動かす指先や伏せられたまつげ。
顔を上げた彼女が浮かべる優しい表情や声が、彼は好きだった。
毎日の業務の他に部隊の編成や指揮、日常のあれこれや刀剣男士ひとりひとりのことまで気遣ってくれるこの人に、安らげる時間はあるのか。
仕事の邪魔になると思い、開きかけた唇を閉ざして前田は手元の書類を見つめる。
「・・・それ、終わった?」
ふいに声をかけられ、はっと顔を上げた。
「あ、は、はい!」
「ちょっと休憩しようか」
そう言って立ちあがろうとする相手を制し、前田は「僕がやります」と正座を崩す。
その瞬間、
「いっ・・・〜!」
突如襲ってくる強烈なしびれに耐え切れず、前のめりになって屈してしまった。
「(前田藤四郎、一生の不覚・・・!)」
「だ、大丈夫?」
「こ、れくらい平気です・・・すみません、みっともないところをお見せしてしまい」
「そんなことないよ。楽な姿勢で休んでて」
お茶淹れてくるねー、と今度こそ立ちあがって部屋を出ていってしまった後ろ姿を眺めて彼は思わずため息をついた。
やがて戻ってきた彼女は、テーブルの上にお茶と一緒にお菓子も並べ始める。
「これは、売り切れ必死の菓子屋の・・・!」
「そー戴いちゃった。みんなには内緒ね」
いただきます、と律義に挨拶をして手を伸ばす。
優しい蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がって幸せな気分だ。
「おいしい?」
咀嚼しながらひたすら頷く。
「・・・どら焼きもカステラも、ふかふかしていておいしいです」
「最近うちの本丸はちょっとした洋菓子ブームでしょ。おいしいんだけど、たまに和菓子も恋しくなるんだよね」
彼女の言葉どおり、ホットケーキやマフィン、クレープも捨てがたい。
けれど、目の前の相手と一緒ならなんだっておいしいのだ。
ふと、前田の瞳が動くものを捉える。
「(あれは・・・)」
つ、と天井から降りてくる何か。
頭をよぎった虫の名前を口に出すのは躊躇われる。
「主君、」
「え?」
不思議そうな顔をしている相手の隣へ何気なく腰を下ろした。
いる、と心の中で呟く。
襟元を歩きまわる小さな存在を、許すわけにはいかない。
「少しだけ失礼いたします」
そう言って払い落とそうとしたつもりが、彼女の行動は予想外だった。
「え、なあに?」
「あ・・・!」
その瞬間に転がり入ってしまった場所は、
「え?なんか、変な」
「っすみません、失礼します!」
無礼を承知で襟に手を入れ、それを指先でつまみ取る。
「や、っ前田」
「終わりました、」
ぽいと庭にほうり投げ、涙目の彼女に向かって詫びる。
「申しわけありません、あのようなことを」
「ううん、ありがとう・・・びっくりして」
「言ったら驚かせてしまうと思ったんです」
すまなそうな表情の少年に対しふたたび「ありがとう」と口にした彼女は、
「きっと前田がいなかったら大騒ぎしてたと思う・・・良かった」
「お、お役に立てましたでしょうか?」
もちろん、と彼女はうなずく。
「前田がいてくれて良かった」
大きな武功ではないけれど、彼の心を温めるにはじゅうぶんだった。
- 71 -
*前次#
ページ: