蜂須賀虎徹は頼られたい


この仕事、意外にルーティンワークだと思う。
あー集中切れそう。ていうかとっくに切れてる。
「(10時・・・はよ10時になれ)」
京都から取り寄せた黒糖かんを食べるって決めてる。
それにしても蜂須賀、真面目だなあ。
清光とはわりと雑談しつつ、集中してる時は静かになる感じだったけれど彼のペースは分からない。
ま、それもそうか。だってまだ1週間も経ってないもんね。
「ね、蜂須賀」
「・・・なんだい」
「休憩しません?」
休憩、と彼は呟いた。
「ああ・・・もう10時か。早いな」
「分かる。息抜きしよ」
「あ、俺がやる」
「いやいや、私がやるから座ってて」
「主の手をわずらわすわけにはいかないだろう。俺は近侍だから」
「そんなに気負わないで。あ、じゃあお茶を淹れてもらってもいい?ほうじ茶にしようか」
ああ、と彼はうなずく。
「今日のお菓子はですねえ、亀廣永の黒糖かんですよー」
「黒糖かん?」
「そうなの、ようかんじゃないんだよ、小豆は入ってないから。すっごく綺麗なんだよ」
すっすっ、静かにナイフで切れ目を入れて取り分ける。
竹ぐしを添えてそっと差し出した。
「ありがとう」
「いいえ。あのね、内緒にしてね」
「内緒?」
「そう、だってみんなの分ないもん。これは近侍の特権なのです、なんて」
みんなには他の形で還元してると思いたい、そう言いながらそれを口に運ぶ。
ああ美味しい。幸せが詰まってる。
「近侍の特権・・・」
「そうなの。だから清光もおいしい思いをしてきたんだよ。一番は私なんだけどね。これからしばらくは蜂須賀の特権」
ゆっくりとお茶を注いだ彼は、「どうぞ」と私の前にそれを置いた。
「ありがとう。淹れるの上手だね」
「そうだろうか・・・よかった」
照れたように目を伏せる蜂須賀。
こういう反応するんだ。
褒められるのは嬉しいけど照れ屋なのかな。
「ね、近侍の仕事どう?事務ばっかりでしょ」
「ああ。なんていうか、思っていたよりも・・・」
言葉を濁した相手に「雑務?」と問う。
「いや、そんなことは決して」
「いーの、当たってるから。先々は戦術的な部分も相談に乗ってほしいんだけど、もうちょっと慣れてからお願いしようかと思っていて」
「それなら、もう大丈夫だと思う」
ふいにぱっと顔を上げた蜂須賀に目を丸くする。
「うん、まあでもそんなに焦らなくてもね」
「俺は、早く主の役に立ちたいんだ」
「じゅうぶん力になってくれてるよ、・・・蜂須賀は向上心があるねえ。うらやましい」
「なぜ?」
「私そういう熱意があんまりなくてねー。ここだけの話よ、内緒話」
分かった、と蜂須賀は真剣なまなざしでうなずく。
「冗談、冗談だかんね。真に受けないでよ、大将として立つ瀬なくなるから」
「いや、君はすごいと思う。俺たちが大怪我をすることだって滅多にないもの」
それはまあ、ある程度まではという感じ。
時々はぼろぼろになって帰ってくる。
そんな時、やっぱりやるせなくなる。
「よーし、食べながら続きやろ」
「ああ」

***

「・・・ふう」
部屋の外に出て息を吐く。
主は、俺の緊張をほぐすためにあんなふうに接してくれているのだろうか。
加州とは、どんなふうに過ごしていたのだろう。
というか、なぜ自分は気落ちしているのだろう。
まだ一週間じゃないか。それなのにあんなに前のめりになったりして。
「(わきまえろ、俺・・・)」
そんなことを考えながら自室へ戻る途中の廊下で、加州と鉢合わせた。
「うお、蜂須賀」
「加州」
「どうだった?今日の仕事」
変わらずだ、そう答えると相手は「そ。頼もしいね」と笑う。
「頼もしい?」
「俺なんかもーキーボードは苦手だわ数字は間違うわで大変だったんだからね」
キーボード。
「加州はまさか、あのパソコンを触っていたのか?」
「やらざるを得ないんだもん、しょうがないでしょ」
書類を起こしたり確認をしたりの自分が、彼の持つ技術へ追いつくにはまだまだらしい。
「俺は、自信がなくなってきたよ・・・」
なんで?と加州は尋ねる。
「加州はきっと、近侍として申し分のない働きができていたんだろう。時には先回りしたり。俺にはそんなこと、できそうにないからな」
「いや、就任一週間でもうそこまで考えてるのすごいけど」
「え?」
「ていうか、前向きすぎてちょっとこわい」
ぽかんとしている俺にあっけらかんと加州は言った。
「本当は俺、近侍辞めたくなかったんだよね」
「!そうなのか」
「だって主のこと独り占めできるし、おやつタイムあるし」
おいしい思いしやがって、と加州は俺を小突く。
「う、すまない」
「ま、俺もたくさんいい思いさせてもらってたし。それに、なんだか鈍っちゃって」
近侍を離れ、加州は本格的に部隊に復帰した。
初期刀の彼が今担っているのは、部隊長だ。
けれど一隊員として働きもするし、それについて不満を言ったりもしない。
「とにかくさ、そんな気負わなくてもいいって。だいたい俺たち、この体の仕組みだってまだよく分かってないんだし。あと、」
俺が仕事を頑張れたのは主に褒めてほしいからだよ、そう言って加州はにっと笑った。
「モチベ、だっけ?やる気の原動力みたいなの見つけられたらいーんじゃない」
俺にとっての原動力。
あの人の役に立ちたい。みんなの助けになりたい。
「ああ。・・・そうだな」

***

次の日。
「どうしたの、あらたまって」
言っておきたいことがある、そう前置きして目の前に正座した近侍の様子に戸惑う。
「主」
「はい」
一拍置いて彼はこう言った。
「俺が近侍として加州の技量に追いつくまではまだ時間がかかると思う。・・・でも、必ずあなたの役に立てるよう努力するから待っていてほしい」
真剣なまなざしがまっすぐに私を見つめている。
「蜂須賀・・・もちろん。こちらこそよろしくお願いします」
「ありがとう。頑張るよ」
「でもね、無理はしないでね。みんなそれぞれちがうんだから、蜂須賀にとって一番いいやり方を見つけて、協力してやってこ」
ああ、と彼は嬉しそうに笑った。



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