ふたりぐらし



目覚まし、アラームの順に止めてしばらくした頃。
「なまえさーん!朝ですよ、いつまで寝ているんですか」
元気な王ドラの声が響いて、ようやく彼女は起きるのだ。
リビングに顔を出せば、彼はすっかり慣れた手つきで朝食を並べている。
朱色のランチョンマットの上には、数種類の点心とワンタンスープが美味しそうな匂いをただよわせていた。
「おはよ。朝からよくそんなにてきぱき動けるね」
「おはようございます。そりゃあ私はお世話ロボットですからね。このくらいできて当たり前です」
ある日とつぜん彼が未来からやって来たのがまるで昨日のことのようだ。
クローゼットの中からきゅうくつそうに転がり出てきたかと思うと、驚いて腰を抜かしたなまえと目が合う。
「いてて・・・すみません。あなたはなまえさんですか?」
「は、はいそうですけど・・・」
すると相手は「よかった!」とほっとしたような笑顔を見せた。
そして、
「では、あらためまして。私は王ドラ。未来からやって来た、なまえさんのお世話係ロボットです」
と告げたのだった。
なまえは箸を口に運ぶとちゅう尋ねる。
「ねえ、王ドラはどうして私のところに来たの?」
「それは、ある人からのたっての希望で」
「ある人って?」
すると、彼は困ったような顔をして答える。
「それは言えない決まりなんですよ」
「でも私、未来に知り合いなんていないもん」
唇をとがらせた彼女を、王ドラは「まあまあ、良いじゃないですか」となだめた。
「ほら、今日の具はなまえさんの好きなものばかりにしたんですよ」
「そうやって、食べ物で機嫌とろうとしてるんだ」
「ちーがーいーまーすー。もっと前向きに考えてください」
「・・・ま、いいけどね。おいしいし」
良かった、と彼は嬉しそうに笑った。
「なまえさんのために作ったんです。いっぱい食べてくださいね」

***

「それじゃ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけて」
お布団干しときますね、そう言って王ドラはなまえの背中を見送った。
「・・・さて」
ではやりますか、と気合を入れると、彼はさっそくやりかけの家事にとりかかる。
それらをすっかり終わらせると、休む間もなく買い物に行くことにした。
出かける間ぎわ、鏡の前に立って全身をながめる。
掃除の名残りがないことをたしかめてから、カゴを片手に颯爽と街を歩き出した。
魚屋の前を通りかかった彼を、店先にいた奥さんが呼び止める。
「あら、王ドラちゃん。もしかして、もう夕飯のお買いもの?」
「はい。売り切れてしまわないうちに済ませようと思いまして」
平常心、平常心、そう彼はひたすら自分に言い聞かせる。
相手が女の人となると、彼はからきしだめなのだ。
ここへ来る前からもずっとその調子で、今回の仕事も大丈夫なのかとエルマタドーラにからかわれていた。
「失礼な!ちゃんとできます!」
「まーまー無理すんなって。なんなら、俺がかわりに行ってもいいんだぜ?」
「ばかなこと言わないでください。これは私が引き受けたお仕事です」
絶対に、しっかり責任を持ってやると決めたのだ。
「今日のメニューはなあに?」
「うーん、そうですねえ・・・あ、エビが安いみたいですね。今夜はエビチリにしましょう」
他にスーパーによって足りないものを買い求めたあと、彼は公園のベンチでひと休みすることにした。
カゴの中からどら焼きを取り出すと、王ドラは頬をゆるませる。
「ふふ、これですこれ」
たっぷりラー油を染みこませてかぶりつくのが、彼にとっての至福の時間だった。

***

ただいまー、とまのびした声が玄関から聞こえてきたのをきっかけに、王ドラは火を止めて出迎える。
「おかえりなさい、なまえさん」
「ただいま、王ドラ。いい匂いがするね」
「するどいですね。今夜はエビチリですよ」
そう言うと、なまえは「エビチリ!」と嬉しそうにくり返した。
「私、王ドラのエビチリだーい好き」
「それは良かった。たくさんありますから、おかわりしてくださいね」
そうだ、となまえはバッグの中をごそごそと探したかと思うと、やがて何かを取り出してみせる。
「はい、これ。いつも頑張ってくれてるからお礼」
「こ、これは・・・!幻と言われている大判どら焼きではないですか!ど、どうやって?」
「たまたま行ったら最後の一個だったの。いつもありがとね、王ドラ」
「・・・嬉しいです、とっても。なまえさんこそ、毎日おつかれさまです」
「ふふ、ありがとう。これからもよろしくね」
「・・・はい。よろしくお願いします」
いきなり終わりを告げたひとりぐらしよりも、ふたりのほうがずっと楽しい。


- 32 -

*前次#


ページ: