結晶世界



大切に大切に育てられた女の子の世界はまるで、星のよう、花のよう。
けれど、本当はそんなに綺麗なものではないことを、なまえはとっくに理解していた。
女学校を出たらさだめられた相手と結婚して妻になり、子供を産んで母になる。
月の見えない今夜の窓辺に降る星を見上げて、なまえは摩利にたずねた。
「私の人生ってなんのためにあるもの?私が私であることは、必要?」
亜麻色に似た髪を揺らして、摩利はおかしそうに笑ってみせた。
「まるで新婦人のようなことを言うね」
「摩利、」
からかわれたことをとがめるようになまえが顔を向けると、摩利は首をふって答える。
「おれは、君が君のままでいてくれなきゃいやだな」
「摩利は?もしも摩利が私だったら、どうしてた?」
ねえ従妹どの、と彼は唇を開いた。
「誰かを深く愛することはきっと、悲しみや苦しみも深いのかもしれないね」
「・・・どういう、こと?」
「おれは良いと思う。さほど好きでもない相手と、おなじ時間を共有していくうちにいつの間にか、かけがえのない存在になっていく」
こちらへ来て、指先がそっと髪に触れるのを目を閉じて感じていたなまえは、「でも、もしそうじゃなかったら?」と呟く。
「うるわしい従妹どの、あいかわらず心配性だね。案外、どうにかなるものさ。それに」
そんなことを考えていたら生きていけなくなる、と摩利はまぶたを伏せた。
静かな部屋に、ひとつだけ芯の飛んだオルゴールの音だけがかすかに流れている。
「時々は、明日のために思い出をふり返ったりするのも良いさ。大切な、輝かしくなつかしい日々のことを」
なまえは、自分もいつかあたりまえのように結婚して子供を育てるのだろうと、心の中で感じていた。
水が流れるように過ぎてゆく時間のなかで、慕う美しい従兄と過ごした今夜のことをきっと思い出すのかもしれない。
それは誰も知らない、なまえだけの、大切な宝物だった。


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