金曜、あるいは土曜の午後2



「新一、今日ポアロに寄って行かない?」
蘭の誘いに、俺はすこし悩んで答える。
「わり。図書館に本返しに行かねーと」
「図書館って学校の?」
「いや、地区のほう」
今日のうちに返却しないと、なまえさんに催促が行ってしまう。
それだけはなんとしても避けたい。
なんの本借りたの?と尋ねる園子に、「これだよ」と俺は表紙を見せた。
「あっ!それ今すっごく話題になってるやつじゃない」
「へえ、そうなんだ」
「映画化確定って言われてるわよ。もしもうちがスポンサーになったらエキストラで出られるかも!」
「またあ。園子ったら大げさなんだから」
「だって蘭、それがきっかけでカントクの目にとまるかもよ!?そしたら夢みたいな話じゃない!」
「ははは・・・」
夢のままで終わらせたほうがいいんじゃねーか、とは言わないでおいた。
「そういえば最近、ほとんど安室さんに会えなくなっちゃったね」
蘭の言葉にどきりとした。
安室さん。
組織が壊滅したのだからもう"彼"でいる必要なんてないはずなのに、本当にたまにだけど、ポアロのカウンターに立っている時がある。
いわく、安室透でいるほうが身動きがとりやすい時もあるから、らしい。
「そのうち会えるって」
「ほんとにー?」
「多分。じゃ、そろそろ行くわ」
じゃーねー、という声に軽く手を振って俺は教室を後にした。

***

17時。
「(お、)」
いたいた。
声をかけようとして、彼女が真剣なまなざしでページを見つめていることに気が付く。
丹念に文字を追いかけているところに声をかけるのも悪いかと思い、そっと目の前の席に座って待つことにした。
どうやら、視界に動く影が入っても分からないほど集中しているらしい。
そっとなまえさんのことをする。
「(まつげ長・・・)」
整えられた指先がページを静かにめくり、時々小さく表情が変化するのは見ていて飽きない。
ようやく表紙を閉じて顔を上げた彼女ははっとした。
「どうも、」
「え、っ」
驚いて開きかけた唇を「しーっ」と制すると、なまえさんはきょろきょろとあたりを見回してささやく。
「いつからいたの?」
「残り30ページらへんから?」
「えー・・・けっこう前じゃない。言ってよ」
「邪魔したら悪いかなって。ちなみにその本も俺のおすすめ、どうでした?」
聞かなくても分かる答えをあえて尋ねると、なまえさんは言った。
「超良かった・・・」
「やった。それお気に入りだから嬉しい」
工藤くんさ、とふいに切りだされて「はい」と答える。
「お腹空いてない?」
「え?」
「今日は私がおごろうと思って」
そう言ってなまえさんは笑った。

***

じゅうじゅうと鉄板が熱くなる音、香ばしいソースやかつお節の匂い。
「なんか意外ですね。なまえさんとお好み焼きってあんまり結びつかない」
「そうかな。けっこう好きなんだよね」
もっとおしゃれなお店に行くのかと思いきや、意外な選択肢だった。
「あ、俺焼きますよ」
「いやいや。私が誘ったんだから」
そう言ってなまえさんが手際よく裏返すのを見て、その言葉に甘えることにした。
1時間後。
「はー食べた・・・ごちそうさまでした」
「いいえ。お腹いっぱいになった?」
じゅうぶん、と俺は胃のあたりをさすってみせる。
「良かった。ひとりでお好み焼き屋には入りづらくて・・・来てもらえて私もラッキー」
「ああ、確かにちょっとハードルが高いですね」
ブレザー大丈夫だった?となまえさんは尋ねる。
「匂い付いちゃったんじゃない?」
「ああ、いえ。預けてたので」
「そっか。工藤くんの本の知識もいろいろ聞けたし、今日は楽しかったな」
彼女の言うとおり、本当に楽しい時間だった。
遅いから、今はなまえさんを家まで送っている。
このままドアの前まで着いてしまったら、今度はいつ会って話せるんだろう。
「星が綺麗だね」
「そうですね。今夜は晴れてるし月も出てないから」
町の中ではちょっと珍しいくらいの空だった。
「あ、ここです。送ってくれてありがとう」
「・・・あの、」
連絡先を聞いたらだめですか、と勇気を出して尋ねる。
「もしも、いやじゃなければ」
驚いたような顔をしていた彼女は、すぐに笑って頷いた。
「うん、いいよ」

***

液晶に表示されているのは、見慣れた名前だった。
「もし、」
『久しぶりやな、工藤!』
その挨拶に、ほんの少しだけ耳から離して答える。
「久しぶり。てかオメー、声でかすぎだよ」
『そうか?音量がでかいからとちゃう?』
「んなわけ・・・で?なんかあったのか」
『なんもないと電話したらアカンのか?』
不満そうな相手の顔が目に浮かぶ気がして、俺は「そうじゃねえよ」と笑って答える。
『最近、調子はどうや。変わりないか?』
「まあ、ぼちぼちってとこだな」
『その体にもずいぶん慣れたやろ』
そう言われて俺はうなずく。
「この目線がなつかしいよ。それに、やっぱ手足が長いと便利だな」
『なんや、自慢か?それ』
そのうち遊び行こ思てん、と服部は言った。
「マジ?いつ、」
『それはまだ決めてへんのやけどな。都合つき次第連絡するわ』
「分かった」
『ほんならまたな。男同士の長電話なんて気色悪いだけやし』
あのさ、と俺は口を開く。
『?なんや』
「高校生って、ガキか?」
はあ?という声に我に返る。
「いや、やっぱなんでもねえ。じゃな」
『ちょ、おい!くど、』
ぷつり、通話終了。
ソファの背に頭を預けて、呟いた。
「なに聞いてんだ、俺・・・」

***

「ねえ、今日ゼミの飲み会あるの知ってる?」
えっ、と帰り仕度をしていた私は驚く。
「なにそれ、知らない。初耳」
「やっぱり?私もさっき知ったんだけど」
ねえ行くでしょ、そう言われても答えは一つ。
「ごめん、私パス」
「えーっ、なんで?」
「苦手なんだよね・・・」
「まあねえ・・・うち、女子少ないし。たしかにちょっと居心地悪いかも。だからね、」
今日は女の子無料、という言葉に思わず反応した。
「まじ?」
「まじまじ。説得しちゃった。来てくれるならいいよーって」
うーん、そっか・・・。
一食浮いたと思って行こうかな。
ふと、工藤くんの顔が頭をよぎる。
「今日って金曜だっけ、」
「そだよー。週末だから飲もうってなったみたい」
ちょっともったいないような気もする・・・けど、図書館に行ったところで必ず会える保証もないし、そういえばこの間も一緒にごはん食べたし。
じゃ行こうかな、と答えれば、友達は「やった!」と大げさに喜んでみせた。

***

にぎやかな雰囲気、アルコール、煙草の匂い。
結局、男女それぞれで分かれて話が盛り上がっている。
課題や授業の話に偏りがちなのは、他の学部より選択科目が多いからなのかもしれない。
「ごめん、ちょっと席立つ」
お手洗いの中ではあ、と息をつく。
アルコールの呼気にあてられてしまったのか、少しだけ頭が重い。
煙草の匂いも、あまり得意じゃない。
電車で帰るのに服くさくなっちゃうな、そう思いながら何気なく携帯を取り出す。
「あれ、」
なんと、工藤くんから連絡が来ていた。

”今日、もしかしていましたか?”
”ううん。急きょゼミの飲み会に参加してました”
”俺も今日は用があって行けなかったんです。先日のごはんのお礼はまた会えた時に直接”

それならあの時、何度も言ってくれたからいいのにな。
律儀な子なんだな、とくすりと笑みがこぼれる。

”いえいえ。どういたしまして”
”それでなんですが、なまえさんは明日お時間あったりしますか?”
”空いてるけどなんで?”

次の返信は文章ではなく画像だった。
宇宙科学館の招待券が2枚・・・へえ・・・え?

”よかったら、一緒に行きませんか?知り合いから譲ってもらって”
”嬉しいけど、いいの?”
”ぜひ”

うーん、なんて返そう・・・。
アルコールの回った頭で考えた結果、ありがとうと無難な返事をする。
午前中に駅前で待ち合わせて行くことになり、やり取りは終わった。
工藤、新一くん。
ミステリーが好きな、ただの高校生なのかと思っていたけど、どうやらそうじゃないらしい。
ポアロでの会話の後、ネットで彼の活躍を知って本当にびっくりしたのだ。
学生のかたわら探偵をやって、しかも成果を上げている。
そんなすごい子が、どうして私と仲良くしてくれるのか、イマイチ分かんないんだよね・・・。
とりあえず、突然降って湧いた明日の予定を楽しみに、早々に飲み会を切り上げることに決めたのだった。


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