金曜、あるいは土曜の午後4



工藤くんに教えてもらって以来、何度かポアロに足を運んでいる。
けれど、今日はいつもと違っていた。
「いらっしゃいませ」
にこやかに接客をする見慣れない店員さん。
新人にしては手際が良すぎるし、厨房にいたのなら一度くらい見ていてもおかしくないと思う。
無意識のうちに追いかけていたせいか、突然ふっと目が合ってしまった。
「(あ、やば)」
笑顔を浮かべてやって来た彼は「ご注文はお決まりですか?」と尋ねる。
メニューすら開いていなかった私はあわててあわてて端から端まで眺めると、目についた名前を口にした。
「えっと、じゃあ・・・コーヒーとハムサンドで」
「かしこまりました」
遠ざかる後ろ姿をふたたびこっそりと見つめる。
細身だけど体格は良い。
運動をきっちりしているのかもしれない。
お客さんの世間話に愛想良く応じているところを見ると、やっぱりずっといる人なのかな。
私が来ている時とはたまたまシフトが被らなかっただけなのかもしれない。
うん、きっとそう。
やがて、
「お待たせしました」
と注文したセットが運ばれてくる。
「わ、おいしそう」
「ハムサンドは得意なんですよ。・・・ところで」
「え?」
「僕のこと、なにか分かりました?」
さあっと血の気が引く。
「ずっと見ていましたよね?なにか推理でもしているんじゃないかと思って。たとえば、」
初めて見る店員なのに、どうしてあんなに手慣れているんだろう。
「!」
「なんてね。それじゃごゆっくり」
そう言い残して彼は去って行った。
呆然と背中を見つめる。
ひょっとしてエスパー?
そんなにじろじろ見ていただろうかと反省しつつハムサンドを口に運ぶ。
「!おいしい」
こんなにふかふかのサンドイッチ食べたことがない。
「(もしかして料理修行にでも行っていたのかな・・・)」

***

「おかわりいかがです?」
コーヒーポットを持ってきた彼に、最後の一口を放り込んだばかりの私は頷いて返事をする。
「・・・あの、美味しかったです。とっても」
「良かった。実はちょっとしたかくし味を仕込んであるんですよ」
「かくし味?」
「企業秘密・・・と言いたいところですが、特別に教えしましょうか。あまりシフトに入れなくなってしまったものですから」
「やっぱり就活とかで忙しいですもんね」
「は?」
「え?」
私の頭に疑問符が浮かぶ。
「大学生・・・じゃないんですか?」
「あ、まあそう言われるのは嬉しいんですが・・・年齢はもう少し上ですかね」
よかったら作るところお見せしますよ、そう誘われて私は立ち上がる。
「注文が入ってるんですか?」
「いいえ。毛利探偵事務所に差し入れに行こうと思って」
探偵、と思わずくり返す。
「だけど、実際のお仕事ってきっと行方不明のペットを探したりとかですよね」
「いやあ・・・毛利先生は有名だからそのへんはどうでしょう」
そんなに有名な人なんだ。
たまには新聞のニュース欄にもしっかり目を通そう。
「もしかしてご存じないですか?」
「はい。そんなに有名な方なんですか?」
私の問いに、彼は感慨深げな顔をする。
「そうか、そんな人がいるんですね・・・」
「すいません・・・」
「いえいえ。とにかくお忙しい方ですよ」
そんな会話をしつつ、あっという間にサンドイッチは出来上がっていく。
ハムだけではなく、トマトやチーズ、卵にローストビーフをはさんでゆく手際は鮮やかだ。
「すごい。勉強になりました」
「どういたしまして。またいつでもいらしてくださいね」
滅多に会えないかもしれないけれど、そう言って彼は笑った。

***

夕方の人波に乗って図書館へ。
今日は、工藤くんから借りっぱなしだった本も持ってきている。
先日、お家にお邪魔した時に彼のお気に入りの一冊を貸してもらい、ようやく読み終えたからだ。
いつも会えるとは限らないけれど、もしも運が良かったら返せるかもしれない。
そんなことを考えていると、入口で工藤くんと同じ学校の制服を着た女の子たちの会話が聞こえた。
「ねえ、園子。やっぱり違うと思うんだけど・・・」
「じゃあ、蘭は気にならないの?彼が図書館に通いつめてる理由が、もしかして美人な司書さんに会うためかも、とか!」
ふたりの横をそっと通り抜けて、館内に入る。
残念だけど、今日はいなさそう。
ぐるりと一周したところで、お気に入りの棚の前で足を止めて本に手を伸ばした。
しばらく読み進めていると、いきなりカクンと膝の裏に衝撃が走る。
「ひゃ、」
思わず声が出そうになるのをこらえてふり向くと、そこにいたのは工藤くんだった。
「こんにちは、なまえさん」
「工藤く、・・・もー・・・びっくりした」
「スイマセン、なんだかイタズラしたくなっちゃって」
苦笑いを浮かべる相手に、私は「そうだ」とバッグをあさる。
「借りてた本、持って来たんだ」
「あ、ならいったん出ますか?」
その言葉に頷いて、エントランスホールへと移動する。
「ありがとう。すごく面白かった」
「そう言っていただけてなにより。またいつでも貸すので、遠慮なく」
にこにことそう言う彼が不思議と大人びて見える気がして、私は思ったままを口にした。
「工藤くんて、なんだか高校生っぽくないよね」
「え・・・?」
老けてるってことですか、と、じとりと見つめられてしまい、あわてて「ちがうちがう」と否定する。
「大人っぽいってこと」
「そうかなあ・・・。なまえさんこそ」
最初は大人だなって思ってましたけど、ほんとはちょっと子供っぽいところもありますよね、だって。なんだと。
「工藤くん、」
「あ、イヤミじゃないですよ。つまり、」
可愛いってことです、そう言われてしまっては、文句が続かない。
「からかうのはやめて・・・慣れてないんだから」
「からかったつもりはないですけど」
その時ふと、視界に先ほどの女の子たちが入る。
そのうちの一人、茶髪の子と目が合ってしまった。
私の視線の先を追ってふり向いた工藤くんは、「園子」と声を上げる。
「げっ」
「げって・・・こんな場所でなにしてんだよ」
「別に?工藤くんをつけてきたわけじゃないわよ」
「つけてきたんだな・・・。で?なんか用か?」
新一、ともうひとりの子に名前を呼ばれて、工藤くんは「蘭」と応じる。
「お前まで、どうしたんだ?」
「あ、いや、私じゃなくて園子がね・・・」
なんとなく煮え切らない返事に不思議そうな顔をしていた工藤くんは、そうだ、と私のほうを見た。
「大学生のなまえさん。最近よく図書館で会うんだ。なまえさん、クラスメートの蘭と園子」
「こんにちは、##NAME2##なまえです」
「あ、毛利蘭です」
「鈴木園子です。あのー、工藤くんとはどういう・・・」
「本の趣味がたまたま合って、それで本を借りたり、おすすめを教えてもらってるの」
へーそうなんだ、とどこかほっとしたように園子ちゃんは笑顔を見せた。
もしかして、このふたりのどっちかが工藤くんの彼女だったりするのだろうか?
やっぱりもてるんだな、と、私は心の中でひそかに納得した。


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