アリエスはかく語りき



沙織となまえが海外出張から帰国すると、いくつかの宮が崩壊していた。
「・・・これはどういうことですか」
黄金聖闘士たちを集め理由を尋ねるも、彼らはまとまりのない話をするばかりでどうにも的を得ない。
「アテナ、大変申しわけありません。このサガ、命を投げうってお詫びいたします」
「サガ、そういうことではなくてですね。私は理由を聞いているのです」
「貴様、自分は関係ありませんみたいな顔をして思いきり当事者ではないか。その代表して罪をかぶるみたいな態度、本当に腹が立つな」
「カノン、ここで兄弟喧嘩はやめてください」
「アテナ、巨蟹宮をシュラがふっ飛ばしました」
「本当ですか、アフロディーテ?」
「貴様もあの趣味の悪い宮の住人ともども消し去りたいと言っていたではないか!」
「本気でやるやつがあるか、馬鹿だな」
はいアテナ、とデスマスクが手を上げる。
「なんですか?デスマスク」
「双魚宮の薔薇園の半分をだめにしたのはアイオリアです」
「あれは!アテナあれはですね、そもそもアフロディーテが」
「私がなにをしたと言うのだアイオリア」
「俺にデモンローズを撃っただろう!」
「気味の悪いファンのひとりかと思った。許せ」
「許せると思うか!?俺はあれで3日間寝こんだんだぞ」
「だからと言って、私の薔薇園を破壊して良い理由にはならないだろう!あそこまで増やすのにどれだけ手間をかけたと思っているんだ。聖域の最後の守りだというのに」
その聖域が壊滅状態なんですけどね、と沙織はため息をついた。
なまえはおそるおそる尋ねる。
「あの・・・どうしてシオンと童虎は氷に閉じこめられているの?」
すると、すました顔でカミュは答えた。
「千日戦争を始めようとしていたからな」
「どうしてミロとアルデバランがいないの?」
「ああ、あのふたりは完全な被害者だ。サガの放った技のあおりを受けて異次元に飛んでいってしまった。ちなみに、シャカは貴鬼と一緒にチベットに避難し、アイオロスは近隣の村に謝り倒しに行っている」
それを聞いて、沙織は頭を抱えた。
「うっ、頭痛が・・・」
「沙織ちゃん、しっかり!」
「アテナ!」
ムウ、と沙織はそれまで黙っていた男の名を呼ぶ。
「はい、アテナ」
「お願いですから分かりやすく説明してください」
ため息をついた彼は、しばらく考えてから口を開いた。
「アフロディーテにたちの悪いファンがいるのは事実です。お兄様とか、そういうたぐいの輩がアフロディーテの姿を一目見たさに忍びこんでくるのです」
そうなの、となまえがびっくりして彼を見つめる。
「ああ、そうなんだ。そのつど毒薔薇を撃ちこんでやるんだが」
あっさりとそう答えたアフロディーテの隣で、ムウはあらためて説明をする。
「その日、薔薇の手入れをしていたアフロディーテは、怪しい人影に気づいて「ああ、またか」と思いデモンローズを放ったのです。そうしたら、それはたまたま上から降りてきたアイオリアでした」
突然の衝撃に、彼はさぞ驚いたにちがいない。
「とにかく、それで頭にきた彼はライトニングボルトを撃ったのです。結局、薔薇園を半壊したところで力尽きましたが。その騒ぎに気づいたのがシオンでした」
彼は当然、アフロディーテの早とちりが引き起こした惨劇に怒りを爆発させる。
そのあまりの怒りっぷりを見てなだめようとした童虎にも、彼は怒鳴り散らしたのだった。
さすがにかちんときた童虎は嫌味をこめて言い返す。
「前聖戦の時からまったく成長しとらんのう。短気な性格にも困ったものじゃて」
なんだと、とシオンはぎろりと睨む。
「貴様とは今ふたたび拳を交わさないといけないようだな」
「ふっ、望むところよ」
ふたりの力が凄まじい破壊力を生み出そうとした時だった。
「そのやり取りに驚いたアフロディーテがカミュに助けを求めたところ、容赦なく彼らを氷漬けに」
「だからあんなことになってるんだ・・・」
同じ頃、巨蟹宮のインテリアのことでデスマスクとシュラが言い合いをしていた。
「貴様の宮は人が住む場所ではないな。気味が悪いにもほどがある」
「それ褒め言葉だからー?俺はこれが気に入ってんだ、口出しすんじゃねえ」
「こんな死霊どもの中で飲む酒、うまくもなんともないわ!さっさとあの世へ連れて行け!」
「これは俺のコレクションなんだよ!この良さが分からねえとは、お前もまだまだお子様だな」
「分かってたまるか!」
その時、下の宮からサガがやって来て「うるさい!」と怒鳴った。
「ちょうど良い。サガ、このセンスをどう思う?」
シュラの質問に、彼は壁を見渡して答える。
「どうでもいいが気色悪い」
ほら見ろ、と勝ち誇ったようにシュラはデスマスクに言った。
「あーあー、お前らほんっと分かってねえなあ」
「貴様ら、これ以上騒いだら異次元に飛ばす。私はもう一週間寝ていないのだ、これからゆっくり風呂に浸かって寝る」
目の下にぶっくりとくまを作ってそう宣言したサガの後ろから、「おい、助けてくれ!」と顔を出したのはカノンだった。
「風呂釜を壊した。サガに知れたらまずい」
「なに・・・?」
あっサガ、とカノンは叫ぶ。
「なんで貴様がここにいるんだ」
「風呂釜を・・・?壊した、だと・・・?」
目の奥を怒りで鈍く光らせたサガは、小宇宙を高め始める。そして、
「あれは事故で、」
「言い訳は聞かん!くらえ、アナザーディメンションー!!!」
しかしカノンにとっては幸運なことに、たまたま通りかかったアルデバランの巨体の陰にかくれることができた。
おかげで、不幸をこうむったのはなんの罪もないアルデバランとミロであった。
「あのふたりは今、きっと必死で戻ってこようとしていることでしょう・・・」
「半壊した巨蟹宮の残りの半分を、どさくさにまぎれてシュラが吹き飛ばしちまったんだよ」
そう言ってデスマスクは肩をすくめた。
「ひどい話だ」
嘆く真似をしたアフロディーテを、アイオリアは「元をたどれば貴様が原因なのだが」と横目で見る。
「うん?それはちがうな、私の気味の悪いファン共が事の発端だ」
よく分かりました、と沙織は立ち上がる。
「アフロディーテ、アイオリア、シュラ、サガ、カノン。それから気が引けますが、シオンと童虎も・・・全員、減給です」
名指しされた彼らは、口々に「アテナ!」「そんな、お慈悲を!」と懇願する。
「あなたたちのお給料から天引きして、壊れた宮の修理代を捻出しますからね。いったい、完済までに何年かかるのでしょうね」
いつもどおりの微笑みを浮かべた彼女は、「さ、事件は解決しましたし私たちは長旅の疲れを癒しましょう」となまえをうながす。
「あ、うん・・・」
「アテナ、どうかそれだけは」
背中に投げかけられた声に対し、沙織は冷たい声で答えた。
「まだ、なにか?」
「あ、いえ・・・なんでもありません」
アテナ、そして沙織の怒りに触れた彼らは、誰ひとりとして反論しようとは思わなかった。


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