リザド死すべし!?恋の葛藤 男の決闘



「・・・だめなんだ」
組んだ両腕に額を押しつけうつむいたままアフロディーテは呟いた。
「はー?なにがよ」
「なまえが、あの虫酸の走る男の恋人であることが理解できない」
今さら、とデスマスクは鼻で笑い飛ばす。
「理解しなきゃいいだろ」
「いつか義弟になってしまうかもしれないんだぞ!」
そう叫んだアフロディーテだったが、自分で口にした義弟というキーワードに目まいさえ覚える。
「いやだ・・・お義兄さまになってしまうのか私は?」
「まあ結婚したら法律上はそうだわな」
「一万歩ゆずって、貴様やシュラのほうがマシだ」
「失礼かよ」
するとアフロディーテは「先日こんなことがあった」と語り出した。
薔薇の手入れをするために完全防備の格好で庭へ降りる。
紫外線に弱いため、すぐに肌が赤くなって炎症を起こしてしまうからだ。
上からギリシャの美しい景色が一望できる高台はお気に入りの場所で、休憩がてら遠くを眺めていた時だった。
「ん!?」
砂浜の上を何かが動いているのが見える。
まだ海水浴には早い季節、それにカラフルなビーチスタイルというわけでもない。
いやな予感がして望遠鏡を覗くと、
「げえっ!」
まさに、そこに映っているのは悪夢だった。
「分かるか?妹の恋人が全裸で浜を散歩する姿を見てしまった時の気持ちを」
デスマスクは「浜って」と呟いた。
「もともとあんなんだっただろ。なまえだって承知で付き合ってんだろうし口出しすんなよ」
そう言った瞬間アフロディーテにぎろりと睨まれ彼の背筋は凍る。
「とにかく!もう我慢ならん」
その物騒な目つきを見てデスマスクは、
「(あ、これは巻き込まれるな)」
と早々に悟った。

***

「なまえ。すこしいいか」
んー、と筆を滑らせてから彼を見上げる。
「どしたのミスティ。あ、マニキュア塗ってほしい?」
「いや、大丈夫だ。私はいつでも完璧だからな」
「あそ」
ところで、とミスティは言葉を濁した。
「ちょっと困ったことになった」
「困ったこと?」
ソファに座り直したなまえは彼のために隣を空ける。
「それで?」
「実は、アフロディーテ様に命を狙われている」
「ええっ?」
戸惑いの声しか出てこない。
「ミスティ、お兄さまになにしたの?」
「なにもしていないよ。私はこんなにもあの方を尊敬しているというのに・・・」
悲しそうな顔で唇を噛みしめる彼を慰めながら「あー・・・まあねえ」と頷く。
兄がミスティを毛嫌いしていることは知っていたが、まさか殺意を抱いているとは思わなかった。
妹に甘い彼だったが、いつか「男の趣味が悪すぎる」という内容を幾重にもオブラートに包んで言われたことがある。
たしかに、知り合った当初はなまえもミスティの行動や考え方にびっくりしたものだ。
けれどそこには譲れない美意識や強さへの執着があるのを知り、いつしか興味は好意へと形を変えていった。

それに、ビジュアルが良い。

実のところ、このうえなく美しい兄の顔を見慣れていたためか、誰に対してもいまいちぴんとこないのだ。
その点、華やかなミスティはあらゆる意味でなまえの心に棲みついたのだった。
「でも、どうして命を狙われているって分かったの?」
「決闘を申し込まれた」
「決闘!」
なんて時代錯誤もはなはだしい。
「それでどうするの?」
「迷っている。だが、アフロディーテ様が本気だということは分かる」
私が説得してみる、となまえが言うと「いや」と彼は止める。
そして、
「恋人のために決闘をするだなんて、ロマンチックではないか・・・!」
と頬を赤らめて口にした。
「あ、そう・・・」

***

約束の時間よりも早く来て、彼らが現れるのを待っている。
「!来た・・・」
思っていたよりもずっとラフな格好の兄と、蟹座のデスマスク。
「なんだ、思ったよりも早かったな」
アフロディーテ様、とミスティは思わず呟く。
「ふむ、聖衣をつけてくると思っていたが。感心感心」
「聖闘士の私闘は禁じられていますから。・・・そのうえであなたに問いたい」
なぜこのようなことをなさるのですか、と尋ねる相手にアフロディーテは、
「お前が嫌いだからだ」
とにべもなく答えた。
「うっ・・・!」
「お兄さま!まだ始まっていないでしょ!」
「知るか。なまえ、こちらに来ていなさい」
「っ、なんでよ」
「こちらとしても可愛い妹を巻き込みたくはない。見てみろ」
なまえはしめされたほうへ視線を向けた。
「デスマスクなんかあんなに離れた場所にいるぞ」
暇そうに煙草をふかしている様子に肩の力が抜けていく。
「とにかくこんなばかばかしい茶番はさっさと終わらせたいのでね」
いいでしょう、と立ち直ったミスティは応じる。
「アフロディーテ様にぜひとも言わせていただきたい」
「良いとも。遺言なら聞いてやろう」
「私はなまえを心から愛しています」
「ほう・・・?」
だめミスティ!となまえは彼のそばへ駆け寄る。
反射的に兄が毒薔薇を投げつけるのではないかと思ったからだった。
「!なまえ・・・」
「お兄さまの毒薔薇をくらったら死んじゃう!」
それを見ていたアフロディーテはやがて「・・・はあ」とため息をついた。
「もういい。とりあえず、お前の気持ちは分かった」
「アフロディーテ様・・・」
「お兄さま」
「だが、全裸で散歩などするな。それから、絶対になまえを悲しませたりしないように。もしも破ってみろ」
ドスッと砂浜に薔薇が撃ち込まれる。
「貴様を亡き者にしてなまえを取り上げるからな」
行くぞ、と踵を返した彼に「へえへえ」とデスマスクもついていく。
「ミスティ・・・良かった」
「っアフロディーテ様!」
「・・・なんだ」
「いつか・・・いつか、私もお兄さまと呼ばせてくださ「断る!」」


- 115 -

*前次#


ページ: