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<シガレットケースの中身:魚>

あなたのことは好きですが、恋人ほどではありません。
「なに、いきなり」
「ミーノスに告白してもらった返事」
はあ、とアフロディーテはあっけにとられたようだった。
「そもそも君、彼のことが好きだったの?」
「そりゃ・・・うん」
私が濁したのを知って、アフロディーテはふうんと呟く。
「で、はっきりしない男だったというわけか」
そう言っておもむろに細いシガーを取り出したのを見て、私は尋ねた。
「吸ってたっけ?」
「いや。普段は吸わない。たまに気分転換したい時だけ・・・そうか」
なにかに気づいたようにアフロディーテは笑った。
「これ、君だよ」
彼の指先で火がつけられないまま弄ばれるシガー。
「ミーノスにとって君は日常的じゃないってこと。たまに一緒に過ごすから楽しいんだ」
まるでそうであるかのように言うものだから、なまえは怒りたくなる。
しかし、
「それ、本当」
不安げに揺れるまなざしを見て、アフロディーテは目を細めた。
「なまえ、やめときなよ。中途半端な恋愛なんて精神衛生上よくないんだから」
「だって」
ため息をついたアフロディーテは、シガーの先に火をつけた。
そして、二、三度味わってそれを消す。
「こうなっても知らないよ。だからさ、」
私にしておけよ、と彼は優しく言った。
「・・・憐れんでるの?」
「冗談。むしろ、怒ってる。私が好きだった子が馬鹿な虫にいつの間にか狙われていたのだからな」
照れるでもなくそう口にする相手に、なまえのほうが困惑する。
「好きなんだ、なまえ」
「そ、んな・・・すぐには答えられないよ」
「待つよ」
彼はあっさりそう言うと、二本目のシガーに火をつけた。
そして、
「私だったら、燃え尽きるまで離さないけどね」
と呟いた。


<裸足で散歩:魚>

泳ぐにはまだ早い海辺も、散歩を楽しむには申し分ない。
真っ白い砂浜に刻まれたふたりの足跡を、穏やかな波がさらって消してゆく。
なんにもないね、となまえは言った。
「空と海と砂だけ」
「それを見に来たんだろう?」
おかしそうにアフロディーテは答える。
観光シーズンを避けて計画した短い旅行は、フランスの海岸に建てられた小さなホテルだった。
心地良い潮風を胸いっぱいに吸い込む。
「なまえ」
「なに?」
そろそろ帰ろう、そう言うと、立ち止まった彼女はつまらなそうな顔をする。
「もう?」
「ああ」
不満を表している唇にふいうちのキスをすると、びっくりしたような反応を見せた。
「・・・っ、アフロディーテ!」
「なに?」
「もう!」
すました表情の彼になまえは足元の水をはねかける。
それは予想していなかったらしく、彼の上半身に染みを作った。
「やったな」
走って逃げようとするなまえにアフロディーテは忠告する。
「転ぶなよ」
「分かってます、・・・あ!」
次の瞬間、見事に尻もちをついた彼女に追いついて助け起こす。
「なまえ、大丈夫?」
「いてて・・・よかった。濡れてないみたい」
無邪気に笑う恋人と水面に踊る光を、アフロディーテは目を細めて見つめた。


<invitation:リュゼ>

暖かな、春の夜だった。
霞がかった空気が心地良い。
それなのに、どうしてか頭が冴えてしまって眠れないでいる。
明日は予定があるから早く休まないといけないのに。
時計の針が規則的に進んでいくのを、時折眺めては寝返りをうつ。
「(あ、今度こそ寝れそうかも・・・)」
遠くに行こうとする意識を、かたり、というかすかな音が呼び戻した。
カーテン越しに降り注ぐ月の光が明るい。
指先を伸ばして確かめれば満月だった。
覚めてしまった眠気が戻るのを気長に待とうと身を起こしてカーテンを開ける。
「(あれ?)」
月を背にひとつのシルエットが浮かび上がる。
たしかめようと窓から身を乗り出すと、見計らったかのように黒い羽根が舞い降りてきた。
「今晩は、お嬢さん」
「!」
いつの間にか移動したシルエットは、人の姿をしていた。
「誰?」
暗闇に目が慣れて、ゆっくりと浮かびあがる姿は美しい男性だった。
「・・・私はリュゼ」
「リュゼ?」
「ああ。君を迎えに来たのさ」
どうして。
そう言葉にすると、彼は微笑んで言った。
「君が美しいから」
夜風に柔らかな髪がなびく。
幻のようだった。
「これは、夢?」
「どちらだと思う?」
「分からない」
リュゼは小さく笑うと、
「君はこんなところにいるのはもったいない」
と私の手を取った。
「なまえ、私と一緒においで」
悪魔みたいだ、と思った。
悪魔が美しい男性に姿を変えて、私を誘惑しているような気持ちになる。
冷たく光るリュゼの瞳が細められていくの見て、うつむいた。
あらがえない、と感じたからだった。
「一緒においで」
彼は再びそう言うと、優しく私に触れる。
「・・・連れて行って」
どこか遠い世界まで。


<君は顔ファン:ミスティ?>

「なまえ、恋人である私の好きなところを10個挙げてみたまえ」
唐突だな、と兄が口にする。
「そういうところが私は嫌いなんだ」
「お兄さま・・・ミスティのこういう流れは今に始まったことじゃないから安心して」
「なにを安心しろって?」
「アフロディーテ様。お言葉ですが、私は彼女の好きな部分を100は言えます」
「その心意気やよし。だがそれとこれとは話が別だということを覚えていろナルシスト」
えーと、と私は数え始める。
「まず・・・優しいところ」
「ほう」
「顔、美人なところ、綺麗なところ、えーと強いところ」
かっこいいところ、顔、努力家なところ。
「あとは顔かな」
「フッ・・・分かっているではないか」
「ほぼ顔ファンじゃないか」


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