先日立ち寄った居酒屋で頼んだ唐揚げ、帰り際に皿に残った独りぼっちのパセリと目が合った気がした。
その数日後だった。
「そろそろ相手見つけんと、売れ残るわよ」
そんな手紙と一緒についに母からお見合い写真が送られてきたのは。
「風見さん」
「なんだ」
「結婚してください」
「ぶっ、」
風見さんの口から真っ暗な液体が見事に噴射された。せっかく人が美味しい珈琲淹れてあげたのに勿体ない、とボヤくと「誰のせいだ!」と言葉と共にデスクが揺れた。隣で暴れるのやめてくださいなんて言ったらまた怒られるんだろうな。
「連勤続きでついに壊れたか、さっさと病院行け」
「違いますよ、風見さんは多分一生使う事がない台詞だから私が変わりに言ってあげようかなって」
「お前も一生使われる事のない台詞だろ」
「お見合いってどう思います?」
「急に話題を変えるな!」
はあ、と風見さんのため息が思い。
私は一旦作業している手を止めスマホをカチカチしながら先日のパセリの写真を見せた。
「なんだこれは」
「パセリです」
「そんなの見ればわかる。俺が聞きたいのはどういう意図があってこの写真を俺に見せたかだ」
「なんとなくこれ、私達に似てません?」
「売れ残り」と口にした瞬間、呆れ顔の風見さんはマグカップを持って出て行ってしまった。
私と一緒にされて怒ったのかな、けど私だって好きでパセリの仲間やってるわけじゃないし。
仕事に夢中になっているうちに気づいたらもう二十代も後半。彼氏なし出会いもなし、このままじゃ本当に一生独り身だけど母のお見合いを受ける気にもなれない。仕事辞めたくないし、無理に結婚したって好きじゃなきゃ続かないし。
机に突っ伏しながらぐるぐる脳内を駆け巡るパセリと結婚、スマホが鳴っている事に気付かず出遅れたら呆れた上司の声がした。
「寝てたのか」
「いえ、今後の人生設計をちょっと…」
「どちらにせよサボってたんだな。…まあいい。今すぐ来てくれ」
どこに?聞くより先にスマホに一件のメッセージ。開くと地図が添付されていてとある喫茶店にピンが刺さっていた。
「ポアロ?今日バイトだったんですかへー」
「ああ。普通に店に入ってきてくれるだけでいい、そっからは俺に合わせてくれ」
「はあ」
よくわからないが「頼んだぞ」と一方的に切られた電話。面倒だが久々に外出できる口実ができたと思えばまあいいか。ジャケットを羽織って散歩がてら歩きで目的地へ。夜風がやたらと身に沁みた。
店は夜更けだし閑散としていて中のテーブル席に女性が一人、降谷さんはカウンターの流しで皿洗いをしていた。
「遅かったですね」
「久々の外なんで歩いてきました」
「………」
降谷の顔があからさまに凍った。
突然その場でしゃがんだから何事かと思ったら震えたスマホ。
見れば「今日に限ってなに歩いてんだ馬鹿」のメッセージ。いや口で言えよ、そして私は降谷さんのアッシーじゃないし。
「今から車とってくればいいんですかああん?」とメッセージしたらカウンターから深いため息が聞こえた。
「あと5分で上がりなんで待っててください」
「はあ」
「せっかく歩いて来たなら家帰る前にスーパー寄りましょう、夕食は何食べたいですか?」
再びテキパキと皿洗いを始めた降谷さんが当たり前の様に私にそう問いかける。一瞬「は?」って顔したら眉間に皺がより、そして降谷さんは流し目で奥のテーブル席の女性を見て、次に私を見た。
そーいえば電話で話合わせてくれ、とか言ってたな。
そう言うことかと納得しながら私は最大限の笑顔を作った。
この貸しは高いぞ降谷ちくしょう。
「今日はオムライスでいいんじゃない?卵の上に旗立てて食べるの好きだよね」
「そんな子供みたいな食べ方したことありませんよね」
人には話合わせろって言ってたくせに貼り付けたような笑顔でさらりと否定された。せっかく降谷さんの店でのイメージ下げてやろと思ったのに。
私の設定的には同棲中のラブラブカップルだから「あーんで食べさせてあげるっ」と言葉も付け足してみたらテーブル席に座っていた女が突然立ち上がった。そしてお代だけをその場に置くと私をすごい形相で睨みながら店を出て行った。
「…これまた厄介そうなのに目をつけられましたね」
二人きりになった店内に私の疲れきった声が響く。
「夕方からずっと居座ってたんです、計画とは違いましたが丸く収まってよかった。最初は車で撒こうと思ってたので」
「そうでしょうか、私これから夜道一人で歩けませんよ」
「せいぜい背後には気をつけてくださいね」
お前が言うか、とはもう口にしないけれど。
エプロン姿の降谷さんを改めて見て思うこと。…確かにまあ、かなりの美形だよね。
私と風見さんがパセリなら彼はあの日真っ先に食べられた居酒屋の唐揚げ。寧ろみんな大好きハンバーグだ。
お見合いなんかしなくたって女性なんて選り取り見取りなのもポアロで大人気なのも知ってるし…完全に負けた。
「モテる男は大変ですねえ」
「随分と嫌味な言い方ですね、そういうなまえさんはお見合い、するんですか?」
「!!っな、」
「仲間のパセリが言ってましたよ」
私がお見合いの話をチラつかせたのは風見さんただ一人。あの降谷信者、なんでもかんでも喋りやがって。
「まだするなんて言ってませんから決めつけないでください、本当気持ち悪いですよあなた達の情報網」
「なまえが見合いがどーとか言いながらパセリの写真を見せてきました。良い精神科を紹介すべきでしょうかって、メールが来たもので」
風見、ほんと許さん。
「第一お見合いは完全にプライベートなことです。安室さんには関係ありませんよね?」
「ええ全く」
「なら口出ししないでもらいたいんですけど」
「ムカつくんですよ」
「私もムカついてます」
「じゃなくて」
安室、として今目の前にいる我が上司が段々と素に戻りかけている。
首元に手をつきながら吐き出された本日二度目のため息はかなり重たかった。
「やっと秘書とかいう変な虫が取れたと思ったら今度はお見合い、あっちへふらふらこっちへふらふら」
「……なんか聞こえの悪い言い方なんですけど。でも私、売れ残りなんてやっぱり嫌ですから」
「だから言ったでしょう、そん時は俺がもらってやるって」
降谷さんの台詞に何度か目を瞬いて。けど直ぐにその言葉の意味なんて私が思ったのと違うに決まってる、降谷さんがそんな事言うわけないって思ってたのに
「まあ、覚えてないか。あん時なまえは酔ってたしな」
「あの時ってどの時?寧ろあなたが今酔ってます?」
「酔っててほしいくらいだ。言うつもりなんてなかったんだ、ずっと」
ずっと?その言葉の続きに平静を装いながらも内心は心臓ばくばくで。
期待してる自分が嫌になる、今まで散々違うって、降谷さんは上司だからって思っていたくせに。
瞬きした降谷さんが次に私を見たとき、静かだった店内に突如けたたましい電子音が鳴り響いた。
「………」
「………」
「…………はい」
血を這う様な冷たい声でスマホの応答を押した。
「さっきお前はパセリを売れ残りと言ったがパセリはトップクラスの栄養素が含まれる万能食材でだな…」
「風見さん…」
お願いだから空気読んでください。
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