言うつもりなんてなかったんだ、ずっと。
ずっと、ずっとずっとずっと…?
「…風見さん、今日も良い天気ですね」
「ああ」
「こんな日は日向ぼっこでもしたいですね」
「ああ」
「ところであの、えー…」
「今日降谷さんは来ない」
まだ出勤したばかり。
優雅にモーニング珈琲を嗜む風見さんが呆れた様にこちらを見ながら言った。
思わずう、っと言葉に詰まりつつ「別に聞いてませんそんなこと!」とすぐに反論。今度は更に呆れたようにため息をつかれた。
「お前はわかりやすすぎる、それでよく公安が務まるな」
「余計なお世話です」
「何があったかは知らないが降谷さんは今お忙しいんだ、当分は会えないと思え」
そう言ってふん、と鼻を鳴らした風見さんに「元は空気読まなかったお前のせいだよ!!」っとハリセンで激しくツッコミを入れたい。
ずっと、降谷さんのあの言葉の続きが気になりすぎて今、頭が悔しくも降谷さんでいっぱいなのに肝心な降谷さんはあれ以来全然こっちに顔出さないし今なんの仕事してるかもわからないし風見さんは教えてくれないし悔しそうな私みてドヤ顔だしむかつくし。
「ああ…、」
らしくもない、ほんっとうに。
「けど、タイミング的にも丁度よかったかもしれないな」
「…なにがですか?」
「少し距離をおけばお前のその色ボケした頭も冷えるだろ」
「色ボ…だれが色ボケですか!」
「仕事に支障をきたすことはやめておけ、特に大事なものができるとこの仕事は務まらないぞ」
見透かしたような眼差しでマグガップを机に置いた風見さんはパソコンに向き直った。
カタカタ部屋に響くキーボードの音、書類の積み上がった降谷さんのデスクを見て私は椅子の背凭れにおもいきり体重をかけた。
珍しく、今回ばかりは素直に負けを認める。風見さんの言う通りだ。
降谷さんが私をどう思ってるかなんて考えることで頭の中がいっぱいになってしまうなら考えちゃダメだ。仮に私達の間に特別な感情が生まれたとしてもそれは仕事をする上では邪魔になる、それがわかってて降谷さんがそんなもの自分から背負うとは思えないし。
とりあえずあの日のあの出来事は全部、疲労が溜まりすぎた降谷さんの気の迷いだったで済ませようそうしよう。
「以上、はいはい解決。仕事しよ仕事」
「………」
上司と部下、それ以上でもそれ以下でもなく。
その枠は絶対に超えてはならないこと、改めて痛感する。
似た者同士J
淡々と業務をこなし気づいたらゴールデンタイムはとっくに過ぎていた。
作るのダルいしと女子力のカケラもない事を思いつつ今日も今日とてレンチン簡単な惣菜求めて立ち寄ったスーパー。
半額シールの貼られた唐揚げかコロッケの二択で頭を抱えていると何かが勢いよく腰に激突してきた。
「あっすいません!ちょっと余所見してて」
「いえ、だいじょ……あ」
「あら、なまえさん!奇遇ですね、こんな所で」
私の腰にカートをヒットさせたのは梓さんだった。
スーツ姿の私に対し「お仕事終わりですか?」と問いかけ頷けば「お疲れ様です」と優しい笑顔を浮かべてくれた。
梓さんの中で私は安室さんの知人でありポアロの常連。因みに私にとって梓さんは最高の癒しです。
「梓さんはこんな時間にお買い物ですか?」
「はい、明日から新作のケーキを出す予定なので追加で材料調達に。安室さんがまた考えてくれたんですよ」
「安室さん、ポアロには結構出勤してるんですか?」
「今忙しいみたいでそんなに日数は多くないですけど、合間を縫って顔は出してくれてます」
「へえ」
もう公安なんか辞めてパティシエにでも転職しちまえちくしょう。
本当に忙しいのはわかってるけどバイトには行ってこっちには戻ってこないって。
避けるくらいなら、自分からへんなこと言わなきゃいいのに。
「あ、そうだ!よかったら店に試作品がたくさんあるんで寄ってきませんか?」
「いえ、今日はまだ自宅での仕事も残ってるので遠慮しておきます」
「とか言いつつ、帰って録画したドラマ観るんじゃないんですか?」
梓さんのお誘いを当たり障りなくやんわりと断ろうとしたらなんとも嫌味ったらしい声が突然横から割り込んできて。…久々に感じるこの突っかかりに対しての苛立ち。
梓さんが引いていたカートの買い物籠に投入された小麦粉。「あ、卵も買って帰らななきゃ」と爽やかに笑ったのは完全に安室姿の我が上司だった。
「奇遇ですねこんな場所で」
「そうですね。私もまさか安室さんとこんな場所で会うとは思わなかったです、お元気そうでなにより」
「なまえさんも」
負けじと私も最大限笑顔を作り、それじゃと軽く頭を下げて降谷さんの横を通りすぎようとしたら腕を掴まれた。伏せ目がちに私を見るその瞳をじろりと見返せば力が緩んで。
「すいません、袖に糸くずがついていたので」
「…それはどーも」
ああ、なんて可愛くない。
自分自身に呆れつつ結局唐揚げとコロッケ両方籠にぶち込んでレジへと向かった。
帰宅してジャケットを床に放って顔面からベッドにダイブする。
…降谷さん頬とか腕とか、所々に傷あったな。殺しても死ななそうな人だけど流石に少し疲労も見えた。
私達の間にはそれぞれ見えない壁があって降谷さんに限ったことではないがお互いに一歩距離を置いて付き合っている。知らない事の方が多いし。
風見さんは降谷さんの壁ギリギリの所にいつも立っている気がするけど私は近づけてすらいない。
最近それをすっごく感じてはじめてちょっと、寂しいかな。なんて
ピンポーン
ぼんやり考えながらそっと瞼を閉じた時部屋のインターホンが鳴った。
のそのそベッドから這い上がり不機嫌オーラ全開で玄関の扉をあけて…
「遅い」
すぐ扉を閉めようとしたら割り込んできた足に阻止された。
「っ、ちょっと突然の家庭訪問とか本当勘弁してください!」
「買い物帰りに近くを通ったから寄っただけだ」
「いや梓さんは!?まさかこの夜道を一人で返したなんて」
「馬鹿言え、ポアロまでしっかり送り届けたに決まってるだろ」
「ポアロまで送り届けたうえでわざわざ家まで来たんですか?」
「………邪魔する」
「あ、ちょっと!!」
なんなのこの人!
靴を脱ぎ捨てズカズカ家の中に上がり込んだ降谷さんの後を急いで追う。
家まできたってことはそれなりの用事があるんだろうけど、くだらない内容だったら通報してやるほんと。
「で、ご用件は?」
「用件?」
「いや。それなりの用事があってわざわざ来たんですよね?」
「ああ、そうだな。少し休みにきた」
「は?」
さっき私がしたように人のベッドに無断で寝転がった降谷さん。
いやいやいやと引き攣った笑みを浮かべつつBGMと化していたテレビを見始めた降谷さんにどうやら冗談を言っているわけでもなさそうで。
「用がないのに会いに来ていい関係性じゃないからな、今適当に考えた理由だ」
「なに言って、」
「この前の話の続き」
降谷さんの一言にピクリと反応して押し黙る。
こちらに向けられた視線に一気に早くなった心拍数。続きの言葉が怖かった。
「忘れてくれ、全部」
「…………っわ、かりました」
「今は口にしていい事じゃなかった」
今は、なら近い将来続きを聞ける日がくるのだろうか。
黙って頷いた私に降谷さんは少し表情を曇らせると私の腰を抱き寄せ、気づいたらベッドに倒れ込んでいた。
「普段は狂犬のごとく噛み付いてくるくせに、今は随分大人しいんだな」
「っ余計なお世話です」
「なまえ」
囁くように呼ばれた名前に顔を上げたら目が合った。慌てて逸らそうとしたら両頬を片手で掴まれ容赦なく、唇を噛まれた。
「待ってろなんて都合のいいことは言わない。待たれてなくても全部終わったら迎えにいくから」
ほんと、恐ろしい人…。