口を突いて飛び出した言葉はあまりにもストレートで。
そしてあまりにも、
「か、」
「…か?」
「かかかかか帰ります!!!」
恥ずかしい、何を言ってるんだ私。
認めてはいたけど自分の心で思っているのと本人に実際告白するのでは事の重さ、重大さが違う。
好きですってなに、私そんなこと言えるキャラだったっけ?
降谷さんの上から慌てて飛び退いて、干してあったまだ生乾きの衣類に手をかけたら後ろから腰を抱き寄せられた。
「誰が帰っていいって許可した?」
「っ離してください、お願いします…っ」
ジダバタ腕の中でもがいたら力が余計に強くなった。
「自分から言っといて抵抗するのはやめろ、俺が悪いみたいだろ」
「けど、元は降谷さんが…!」
「俺が?」
なに?っと言わんばかりに目を細め、「誘導尋問したわけじゃないだろ」と回った手がまるで私を試すように腰を撫で、耳をかすめる吐息が熱い。
言ってる事は最もなのにそれでも何故か嵌められた気分になるのは降谷さんの珍しく緩んだ口元のせいか、この状況を楽しんでいるような表情のせいか。
どちらにせよ懐かないと言ってるわりに私の扱い方を理解してるのは流石上司というか、むかつく。こういう時の切り返しは絶対に勝てないんだよな。
「やっと大人しくなったな」
諦めて降谷さんの胸板に背中を預けたら満足そうな声がして、同時に降谷さんのスマホがまた素晴らしいタイミングで鳴り響いたから一気に身体の力が抜けた。
『バーボン、話があるわ』
応答ボタンを押した瞬間に聞こえた声、女の人だった。
降谷さんは顔色一つ変えず、力が緩んだその隙に今だ!と腕から抜け出して着替え片手にそそくさ私は家を後にした。
雨はもう止んでいて、借り服のまま家に帰ると
「やっと帰ってきたか」
何故だか家の玄関の前に風見さんの姿。
私の格好を見て軽くため息をついた後「話がある」と一言。
ほんと私の上司達は家庭訪問大好きか。
似た者同士M
「で、お話とは」
とりあえず風見さんを家にあげて珈琲を提供してあげた。向かい合うように座りながら風見さんがまず第一声で放った言葉は「部屋汚いな」。
一回平手打ちしてもバチは当たらない気がする。
「最近なにかと忙しくて、片付ける時間なかったんです」
「まあいい、本題に入るぞ」
「自分から言っといて話題変えるの早くないですか?」
カチンときてあからさまに顔を歪める私とは裏腹に何事も無かったように風見さんは黒い封筒を胸ポケットから取り出す。
やたら高価そうな金色の文字で印字された招待状、の三文字に嫌な予感しかしなかった。
「潜入ならお断りしますよ。今そんな精神的余裕ないです」
「今晩国のお偉い方を集めたパーティーが開かれる。潜入ではなく会場の警備をしてほしいと警察庁に要請があったんだ」
「警備?私達が?」
「まあ警備というなのネズミ捕りだがな」
服装は会場に馴染むようにドレス着用、風見さんはタキシード。
警備、というのは風見さん曰く建前で私達の仕事は会場の治安を守りつつ情報収集目的に紛れ込んでいるテロリストを確保することらしい。
「あまり良いやり方ではないが餌をまけば馬鹿なネズミは群がってくる。普通の警備は本来なら管轄外だが利用しない手はないだろう」
「けど風見さんと二人でパーティーっていうのは、」
「お前にも似合いそうなドレスは既に用意してある、あまり心配するな」
「はあ、ありがとうございます」
一々腹立つ言い方だな。
マグカップに一度だけ口をつけて「また夜に迎えにくる」と立ち上がった風見さん。
机におかれた招待状に浅く息を吐きながら私はへいへいと頷いた。
*
目の前には肉の塊、プリッと新鮮な海の幸、水々しいフルーツ。
テーブルに並べられた普段ならとても手の届かない豪華な食材達に視線は釘付けだった。
「おい、口から何か垂れてるぞ」
「涎です。お構いなく」
「拭けと言う意味だ馬鹿」
風見さんがポケットから取り出したティッシュで私の口を無理くりゴシゴシ。
極力目立たないようにと言われてるのにお前といると悪目立ちする、と毒を吐かれつつ私もムッと口を尖らせた。
「だってここ最近まともなご飯食べてなかったから!こっちは飢えた獣状態なんです!」
あくまでも参加は仕事の一環であるからにして。
会場に入るや否や高そうなローストビーフに伸ばした手を風見さんに弾かれた時は絶望的だった。
食うなと、仕事中だぞと、なんてクソ真面目な。
「…これが終わったら近くのレストランにでも連れて行ってやるから、頼むから今は静かに我慢をしろ」
「本当ですか!?言いましたね!?奢りですよね!!??」
「都合の良い事しか聞こえないのかお前は」
黙れと今度は強めに睨まれたのでここは素直に言う事を聞いておく。
何奢ってもらおうか、晩御飯の事で頭をいっぱいにしながら似合わないタキシードを着た風見さんと会場をぐるぐるして辺りの様子を伺う。
会話をしながら立食を楽しむ有名ブランドスーツに身を包んだお偉い様達の中に混ざると、なんか私達の方が不審者だ。
まあでも降谷さんだったらきっといとも簡単に馴染んじゃうんだろうな。
「あと言い忘れてたが、」
風見さんが何かを言いかけた所で一人の男性と目が合った。
グラスを傾けながらこちらをじーっと見つめてくる男性に風見さんと目を見合わせる。
「風見さんの知り合いですか?」
「いや、初めて見る顔だ」
「まあ、ですよね。住む世界が違いますもんね」
「どう言う意味だそれは」
なんて会話をしてる間に一歩ずつこちらに近づいてくる男性。スリムな体型に高身長、近くで見ると顔もカッコいいしちょっと良いかもなーんて
「なまえ?」
「へ?」
「絶対なまえだろ!俺、覚えてない?高校で一緒だった佐藤」
いやー偶然だな!と笑う自称佐藤くん。
彼には申し訳ないが全く思い出せなくてただニコニコ笑ってみせたら「鳥脳」と風見さんが呟いたからその足をおもいきり踏みつけてやった。
「しかもお前出世したのな!俺は父親のコネで今日参加してるだけだけど、普通の人間じゃなかなかこれないぜこんな場所」
「ちょっと仕事の付き合いで、ね」
横から風見さんの無言の圧力を感じて適当に笑って誤魔化した。
「それにすっげー綺麗になった!高校の頃から良いなと思ってたけど、やっぱ俺の目に狂いはなかったな」
「え」
「よかったらさ、これ」
そう言って渡された大手企業名の下に佐藤とかかれた名刺。佐藤くんの視線がさりげなく私の左手薬指に向いたこと、気づいてしまった。
ああ、出会いって思わぬ所にあるんだなあと他人事のように思いながら脳裏に浮かんだ降谷さんの顔。
「機会があれば」と社交辞令な台詞を口にしたと同時に背中に誰かがぶつかってきて高いヒールを履いていたせいで体がよろけた。
咄嗟に支えてくれた風見さんの表情が一瞬強張ったことに気づいて顔を上げれば、
「すいません。余所見をしていて、大丈夫ですか?」
「っ…!?」
何故ここにいる。
外用フェイスで爽やかに笑い、黒いタキシードをピシッと着こなす目の前の金髪オールバックは紛れもなく降谷さんで。
しかしその名前は呼んではいけないこと、風見さんの表情とか降谷さんの瞳で察した。
「お怪我は、お召し物は汚れたりしてませんか?」
「い、いえ…大丈夫です。お構いなく」
「よかった。こんな綺麗な女性を傷つけてしまってはパーティーどころじゃないですから」
固まった。
普段まるで奴隷のように自分の雑務を押し付けてくる上司の台詞とは思えない。思わずポカンと間抜けズラになる。
「あ、それとまるでネズミのように会場をウロチョロしてるあちらの方が、貴方と話したがってましたよ」
そう言って降谷さんは視線だけを特定の人物に向けて、次に風見さんと真っ直ぐに視線を合わせた。
要は、行けと言う意味だ。
それをオブラートに包んでじゃないと言えないということは降谷さんは今日潜入でここにきてるのか。
それでは、と最後に何故か佐藤くんに目を向けニコリと笑って会釈をすると爽やかにまた会場の人混みに消えて行った降谷さん。
風見さんに「行くぞ」と腕を引かれ私も佐藤くんに軽く頭を下げてその場を後にした。
「いるなんて聞いてませんけど、あの人」
「言おうと思ったら後藤に邪魔されたんだ」
「佐藤です」
「どっちでもいい。それより」
あれ、絶対わざとぶつかってきたぞ。
「バーボン遅いわ、どこ行ってたの?」
「ちょっと小蝿がうるさかったんで退治してたんですよ」
「はあ?」