番外1-1

「ねえ、沖田くん私と付き合わな「無理でさァ」

貴重な昼休みになんの用かと思えば。
言い終わるより先に言葉を遮れば、目の前で信じられないと言わんばかりに目を見開きながらこちらを見てくる女。確か同期の中で一番美人だとモテはやされていたやつ。

「なんで?沖田くん今彼女いないんでしょ、ならいいじゃん。付き合ってよ」

「俺ァ社内恋愛だけはしない主義なんでィ」

「なんで」

「碌なことないから」

ましてやこいつ、俺の上司のお気に入り。手ェ出したなんてしれたらリスクしかねぇ。

「じゃあ同じ会社じゃなければいいってこと?」

「男のためにすぐ仕事辞めようとか考える女は論外でさァ」

「っ!あっそ」

余計な一言を言った自覚はあった。
プライドを傷つけたのか、血相を変えて屋上を出て行った女の背中を見てため息が出た。
変に気を持たせても面倒という気持ちと、貴重な昼休みがほとんど潰れた苛立ちが抑えきれなかった。

はなからどんな女でも今は誰とも付き合うつもりはない。
最後の彼女は大学一年の時、告白されて付き合ったら後に先輩の彼女とわかり色々めんどーなことになった。
それ以来、恋愛にはもう興味ない。ましてやこの会社に入社してまだ1年ちょいだし社内恋愛なんぞに現を抜かすなんざ、死んでも御免だ。


そんな出来事から数日後。


「沖田ぁ。ちょっとこい」

定時の鐘が鳴って、仕事も一頻り片付いたとこでPCを閉じたら上司に呼び出しをくらった。
入社した時から世話になってる仕事できて、それなりに可愛がってくれてた人…だったはずだが。
いつにもない声色に、あの女のことを気に入っているということが脳裏にチラついてまさかと思ったが嫌な予感がした。
 
「お前、吉川ちゃんに手ェ出したって本当か?」

「吉川…あぁ」

やっぱあの女、なんかやりやがったな。
静まり返った会議室。上司は今までにないくらい険しい顔で俺を睨んでる。

「手なんか出してやせん。吉川さんとはただの同期です」

「俺、今あの子と付き合ってて。沖田に言い寄られて困ってるって聞いてんだけど」

「なにかの間違いじゃないですかィ?」

「けどこの前、お前ら二人で屋上にいたよな」

見られてた、めんどくせえ。かと言って吉川に告られたって言ってもダメなパターンだしなこれ。
どうしたもんかと俺が頭を捻るより先に、深くため息をついた上司。その姿を見て、はなから俺のことなんか信じてなくて結局は女の言いなりなんだろーなと悟ってしまった。
真面目に仕事して、信頼関係築いてたって世の中やっぱりこんなもん。

「…今、人手が足りない部署があるんだ」

「異動ってことですかィ?」

「暫く手伝うだけでいい。…吉川とは年内に結婚予定なんだ。あと半年であいつは仕事辞めるから、それまでで構わん」

お気に入りどころかそこまで話進んでたんかと多少驚いたものの。婚約中に末恐ろしい女だ。上司の言う人手が足りない部署というのは多分下のフロアだろうし、もう顔を合わせることはないと思うが。

「わかりやした。お幸せに」

せいぜい結婚してから地獄みろ、あの女の本性なんててめえなんかに教えてやらねえ。

笑顔の裏に本音を隠し、会議室を後にした。



******



他部署の手伝いを始めて早くも一カ月。
仕事に慣れてないのもあるけど単純に忙しすぎる。
定時で帰れる日はほとんどないどころか日付を跨いでもまだ残業してることも暫し。体力的にしんどくて辞めるやつもいるからその皺寄せが全部降りかかってくる。

上司がここを手伝わせた理由がやっとわかった。


「沖田さん、これもお願いします」


ただでさえ山積みのディスクにさらに書類が積まれた。クリアファイルに貼ってある付箋に明日の日付が書いてある。まさか提出期限かこれ。

ひたすらパソコンと向き合って、気づいたら今日もあっという間に夜がきた。辺りを見回したらほとんどの奴は鞄がなくて、そーいえば今日、定時刻退社日だったこと思い出す。

くそ、雑用だけ押し付けて帰りやがって。

おかげで姉上の見舞い、今日も行けねえじゃねえか。


「…沖田くん、まだ残ってたの?」

薄暗かったオフィスが一気に明るくなって見慣れた女が近づいてきた。俺より3つ年上で、入社した頃世話係としてすこし面倒みてもらったみよじ先輩。先輩も暫くこの部署の手伝い係に駆り出されていると前に聞いていた。


「今日定時刻退社日だけど、まだ仕事終わらない?」

「そーいう先輩も。珈琲なんか持って、まだまだ残業って感じですけどねィ」

「私はほら…元々容量良くないから、終わらないんだよ」


そう言った先輩の席にも書類の山が。
人が良さそうな顔してにこにこしてるから仕事押し付けられてるの、気づいてんのかな。

「ごめんね、沖田くん。元々はこの部署じゃないのにこんなに頑張らせて」

「別に先輩のせいじゃないだろィ。部署が違うのは俺だけじゃねェし」

「そうなんだけど…実は、見てたんだ私。たまたま屋上にいて、沖田くんが吉川さんに告白されてるとこ。」


気まずそうな顔をしながら俺のディスクまできたみよじ先輩。あげる、と手渡された缶コーヒーは俺の好きなメーカーだった。

「吉川さんと沖田くんの上が付き合ってること知ってたから。それで拗れてこっちにきたんだろうなと思って…」

「そうだとしても別に先輩が謝ることじゃありやせんよ」

「でも、先輩らしく間違ってることは間違ってるって!言いたかった…けど、私も余裕なくて。お世話係の時から沖田くんが真面目に頑張ってるの知ってたのに」


ごめん。そう言って頭を下げたみよじ先輩にやれやれとため息が出る。

「ンなお人よしだから仕事たくさん押し付けられるんでィ。…けどまあ、ありがとうごぜェやす」

ずっと胸に支えていたもやもやがとれて、少しだけ報われた気がした。多少心を許してた上司に失望して、ここには誰も理解あるやつはいないと思ってたから。

もらった缶コーヒーを開けて再び画面に向き合った時、同時に震えたスマホ。
着信は姉上の入院する病院からだった。でもってスマホの画面を上にしてたからそれが先輩の目にも入って、

「え、病院!?大丈夫?」

声でけえ。すぐに電源ボタンを押した俺にみよじ先輩はより戸惑いの表情を浮かべる。

「大丈夫でさァ。明日退院で、入院費だけ電話で伝えるって言われてたんで。あとで折り返しやす」

「誰が入院してるの?」

「…姉。ちょっと体調崩して、大事をとって何日か入院してたんでさァ」

まあ見舞いにすら、まともに行けなかったけど。
すぐに退院できるから気にしないでって、姉上の言葉に甘えて最近はずっとここにいた。

「じゃあ今日くらい行ってきなよ!まだギリギリ間に合うんじゃない?」

「それができたら最初から行ってまさァ」

「まあまあ」

こちらを見てニッと笑ったみよじ先輩は俺のディスクから明日までのファイルを奪うと変わりに鞄を押し付けた。

「これくらいやらせてよ。まだ先輩らしいことなにもできてないし」

「…自分の仕事も終わってねーのに、なに言ってんでィ」

「大丈夫!体力には自信あるし。申し訳ないって思うなら今度飲み、付き合ってね」


お酒好きなんだあ!と笑いながら自分のディスクに戻っていったみよじ…もといなまえ先輩は、

後日飲みに行ったら酒癖あんまよくなくてベロベロに酔うし。

同じ部署で働いてる間、たまに観察してたらミスプリントを200枚も出してめっちゃ怒られてるし。励ますためにまた飲みに付き合ったし。

よく俺のこと気にかけてくれる先輩から、いつの間にか俺のがなまえ先輩をずっと目で追っていて。

先輩がまた酒の入ったとき、勢いで聞いてみた。


「なまえ先輩って、付き合ってる男とかいるんですかィ?」

「えーなにその質問。沖田くんはいると思ぅ?」

めんどくせ。とでかかった言葉は飲み込んで。
酒で染まった頬をにまにま緩めながらなまえ先輩はこちらをみた。

「沖田くんがなる?私のこいびと」

人の気も知らないこの女。
勝手な発言をして眠いのか、椅子に座ったまま船を漕ぎ出した。
どーせ明日には記憶も飛んでそうだけど、

社内恋愛なんてありえねえ。いつぞやの自分の発言を覆して、酔ったなまえ先輩をあの日、そのままホテルに連れ込んだ。

もどる


露草