番外2-1
4月。会社の前の桜並木も満開になり、さあ今年もやってきましたこの季節。今日から新入社員が入ってきて私はまた暫くの間、教育係として面倒を見ることになった。
初めて教育係をやったのは丁度沖田くんが入ってきた時。私も今年で入社5年目、あの頃よりは上手くできる、はず!
自分の仕事と同時進行だから暫くは忙しいかも、と事前に沖田くんに伝えた時「なまえ先輩の後輩ポジションは俺だけでいーのに」なんて言っていたが(ちょっと可愛かった)君の後輩でもあるから可愛がってあげなねという私の言葉に怠そうに返事をされたのを思い出す。
次はいつ二人で会える時間つくれるかなあ。わかってはいたが最近はずっと残業で、今日もあたりは真っ暗。腕時計を見たら日付が変わるギリギリだった。
お酒の入ったコンビニ袋を下げてクタクタになりながら自宅のドアに鍵を差し込んだ、ら。
「おかえりなせェ」
「え、沖田くん」
「来ちまいやした」
勝手に扉が開いた。同じくまだスーツ姿で顔を出した沖田くんが、見せつけるように指にぶら下げていたのは前に欲しいとごねられて簡単に渡しちゃった私の家のスペアキー。
「待ってたの?暫く帰りも遅いって言ったのに」
「こーでもしないとなまえ先輩を独占する時間がねェから。飯、作っときやしたよ」
「え!ありがとう」
どうりで中から食欲を刺激する良い匂いすると思った。
沖田くんとの時間作れないの、自分から言っといて寂しかったから素直に嬉しい。
同時にお昼から何も食べてなかったからお腹が大きな音を立てた。
「風呂の前に食べやすか」
「食べる!しかもほうとうだー!私大好きだよぉ、よく作れるね」
「煮ぼうとうつって、俺の故郷の名産なんでさァ」
手を洗ってる間に手際よく盛り付けてくれた沖田くん。全部自分で飲むつもりで買った缶ビールを一本沖田くんにあげた。
作ってもらったご飯はしぬほど美味しくて、顔も良くて料理もできるとは、我が恋人ながら侮りがたし。おかげでお酒がよくすすむ。
「なまえ先輩あんま飲みすぎねーでくだせェよ」
「はぁーい」
「もう酔ってるじゃないですかィ」
沖田くんの呆れた眼差しが刺さって、残りのビールはやれやれと冷蔵庫にしまわれた。
「そーいえば、沖田くん。新入社員の子とはもお会った?私が教えるのは3人なんだけどね、みんなすごく良い子だったよー」
「新人…田中、高橋?佐藤でしたっけ」
「田中くんしか合ってないな、あとは高野さんと斉藤くん。早く名前覚えてあげてね、同じ部署だからこれから沖田くんとも沢山関わるだろうし」
「田中だけは覚えやしだぜ。あーいうタイプは意外と侮れないんで」
「侮れない…とは?」
田中くんは至って真面目な良い子だったけど。
首を傾げる私に沖田くんは空のビール缶を積み上げながらこちらを見た。
「なまえ先輩にはわかりやせんよ」
「なにそれ!可愛くない後輩だなあ!」
「先輩、目ェついてやすかィ?この整ったベビーフェイスが見えねーんですかィ」
「自分で言う?それ」
ぐっと顔を近づけてきた沖田くんはまあ、言うだけあってほんとに綺麗な顔立ちで。でも、そんなのは見た目だけなんかじゃなくて。
「うそだよ。今も昔も沖田くんが私にとって一番、かわいい後輩」
酔いが回ったのもあり、普段なら恥ずかしくて言えないような言葉が簡単に出てくる。
沖田くんは少し驚いたように目を瞬いたあと、いつもの調子でにっと笑うと流れるように床に押し倒してきた。
「あーあ。今日はなまえ先輩疲れてるだろうし飯だけ食ってさっさと帰る予定だったのになーあ」
「…なに、そのわざとらしい言い方」
「その気にさせられちまったんで、今日泊まってってもいいですかィ」
ちゅっと優しいキスが額に頬に降ってくる。どうせダメって言っても帰らないくせに。
返事をする間もなく塞がれた唇に、そのまま黙って目を閉じた。
*
結局長い夜になり、色々あってほとんど寝ないまま朝がきた。
けど、どんなに眠くても今日は早めに行って自分の仕事少し進めないと残業どころか帰れない、家に。
ブラック珈琲を一気に胃に流し込んでからまだ静かなオフィスに足を踏み入れた。
「おはようございます!なまえ先輩」
「え。おはよう田中くん、早いね?」
まだほとんど人気がないそこに田中くんの姿があって、出かけた欠伸を咄嗟に噛み殺した。
「昨日わからないとこあったので、早めにきて資料見てました」
「偉いねえ。けど、聞いてくれればまた全然教えるから、入社早々無理しちゃだめだよ」
「ありがとうございます」
今時こんな好青年いるんだなあと感心しつつ。仕事覚えたら私より全然出世しそうな気配。
自分の仕事前にちょっと見てあげようと思い、ジャケットを脱いで田中くんの隣に座ったらふわりと、嗅ぎ慣れた良い香りがした。
「なまえ先輩、今日は香水つけたんですか?」
「え、私?田中くんじゃなくて?」
「僕じゃないですよ。多分今、なまえ先輩から…」
ちょっと待て、珈琲飲んだし今の今まで気づかなかったけど。
この香り、もしかしてとジャケットを嗅いだら沖田くんの香水の匂いがして固まった。昨日同じクローゼットにかけてたからか?…それとも、あやつもしかして、
「おはよーごぜぇやす」
扉が開き、同じく眠たげに出勤してきたのはタイムリーに沖田くん。
今すぐ聞きたいが、それもできず私はできるだけ笑顔を浮かべた。
「おはよう。沖田くんも今日は早いねっ」
「おはようごぜえやす、なまえせんぱい」
家は同時に出たもののあえての少し時間をずらして出社。私達が付き合ってることを知ってる人は今はだいぶ少くなって、最近ではめっきり噂されることもなくなった。できればもう会社で広まってほしくないという気持ちは共通意識で、今はひっそりお付き合いをしている。
だからこそ同じ香水の匂いをさせているのはちょっとまずい、偶然だったら沖田くんにも迷惑が…と思ったのに
沖田くんとなんとも白々しい挨拶を交わしたあとに、チラリとこちらに目線を寄こした沖田くんはジャケットを持ったまま固まる私を見て、べっと真っ赤な舌を出して笑った。
っやっぱりわざかこんにゃろー…!
「良い香りですね、どこのですか?」
「どこの?えー…どこだったけなあ。」
とりあえず、ね!仕事しよっかと露骨にすっとぼけた私を楽しそうに眺めていた沖田くんは昨日の言葉を撤回して、やっぱり全然かわいくない。
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露草