C-1

「なまえ先輩」

「……んう」

「先輩、8時ですぜ」

「うそお!!」


身体を揺さぶられ寝返りをうった所で聞こえた「8時」というワードにまだ真新しいベッドから飛び起きる。
枕元にあった時計を見たらまだ6時前、最近は7時にアラームかけてるから寝坊どころか早起きまである。

時計を置いてじとりとした目つきで沖田くんを見たら全く悪びれない顔で腕を引かれて、再びベッドの中に引き摺り込まれた。

「早く目が覚めちまって暇だったんで。おはようごぜえやす」

「…私はまだ眠いよ」

「つれねーなあ先輩、昨日は早く寝かせてやったのに。構ってくだせえよ」

「最近はとってもよく構ってるでしょ」

私が寝不足の時の原因はほとんど君だからね、とはあえて言わないけど。
かわりに抱き枕にされる前に、ベッドの隅に追いやられてたサメのでっかいぬいぐるみを沖田くんに押し付ける。新居に引っ越す直前に一緒に立ち寄った家具屋さん、入り口にあったのを沖田くんがまんまと籠に入れ買ったやつだ。

思ったより早く二人で住む家が決まって秋には会社と同じ路線のマンションに引っ越した。
元々お互いの家に泊まったりはしょっちゅうだったし、なんなら連泊もあったから一緒に住むのもそんなに身構えてはなかったんだけど、

「寝言で何度も俺のこと呼んでたくせに随時つめてーじゃないですかィ」

「えっ、うそ!」

「覚えてないんですかィ?そうご〜ってあんな甘えた声出してたのに。もう一回呼んでくだせえよ」

「っ絶対うそ!だって、名前って」

今まで一度も総悟、なんて呼んだことないし。
沖田くんで呼び慣れてるっていうのもあるが、単純に職場との使い分けが難しそうで。
疑いの眼差しを向けると「バレたか」とこれまた悪びれない顔で舌を出した沖田くん。

…新生活になっても相変わらず、沖田くんのペースに飲み込まれ続けているのである。

「ンなことよりなまえ先輩。明日の夜空いてやすよね」

「明日?なんで……っあれ、明日って…」

言われてすぐ気づいた。今日が23日だから世間ではクリスマスイブ。
12月の頭にどうしよっかと一度話題に上がったものの、職場は早くも年末ムードで締切近い業務に追われてるうちすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。…今まではイブなんてずっと一人で過ごしてたしなあ。
どうりで最近残業してる人が多いと思ったら、みんな明日は定時で帰りたいんだろうな。

「ほんとごめんっ!忘れちゃってた…仕事終わりにケーキ、買ってこよっか」

「いや、店決めてあるんで明日は仕事終わったらいつもの場所集合で」

「え?」

「前になまえ先輩、サムギョプサルしぬほど美味そうに食べてたんで韓国料理にしやした。クリスマス感はねーですけど食いに行きやしょう」

沖田くんだって同じくらい仕事忙しいはずなのに。
初めて一緒に過ごすクリスマス。ちゃんと考えてくれてたこと、嬉しいというより忘れた申し訳なさの方が勝ってしまった。また謝ろうとしたのが表情でわかったのか「ごめん」と言うより先に、すかさず沖田くんによって塞がれた唇。

ちゅっと軽いリップ音がした。

「今のと、プラスで総悟って呼んでくれたらチャラにしてあげやすけど」

「なっ…ずるい。それとこれとはまた別っ!」

「ケチ」

職場との使い分けが、なんて言ったが結局迫られると恥ずかしくて急に名前なんて呼べないだけ。
前々からわかってはいたが沖田くんと私じゃ恋愛レベルが違いすぎる。こっちはクリスマスイブに予定できたのなんていつぶりかもわかんないのに誘い方からお店の決め方まで全てがスマートだし。昔からさぞモテたのがよくわかる。

そんな人の恋人が私みたいなのでいいのか、今でも半信半疑だけど。

「じゃあ今日一緒に会社行きやせんか?たまたま駅で会ったつう体で」

たまには一緒に家でたい、と甘えるような顔した沖田くん。可愛い、とっても可愛いけど

「一日でもすぐ噂になるからなあ…」

沖田くん、さては自分の社内での人気をわかっていないな?

「仕方ねえ…じゃあこの穴埋めはまた今度」

「ごめんね、ちなみにチャラには…?」

「しねえ、なんならその倍期待してまさァ。

昨日やり残したことあるんで、今日は俺が先に出社しやす」

もぞもぞベッドから起き上がった沖田くん。…高い貸しがついてしまった。

再び時計を見たら起こされてから思ったより時間は経っておらず針は6時ちょっと過ぎ。ごろごろする時間はまだたっぷりあるけど。

沖田くんが抜けて一気に広くなったダブルベッドに自分から断ったくせして都合よく、寂しいなあ。って

「…ねえ、沖田くん」

まだベッドの際に座ったまま欠伸をしながらスマホを見てる沖田くんの寝巻きを、気づいたら後ろから掴んでた。

「も、もう少し…一緒に寝ない?」

「はい?」

「仕事!あるなら、無理にとは言わないけど…一緒に家出たいなら、最寄駅まで行って電車だけずらそうよ」

「んっとに、」

わざとらしく天井を仰いだあとこちらに向き直った沖田くんは寝巻きを掴んだままの私の手を押し倒したあと、そのままベッドに貼り付けた。
いつもは涼しげな顔してるのにたまに見せる少し余裕のなさそうな目つき、ゾクリと背中にくるものがある。

「小悪魔?実は全部計算なんですかィ」

「っなに言ってんの」

「不意打ちでそおやって甘えんの、死んでも他の野朗にやらねえでくだせえよ」

強く押し当てられた唇に体重がかかりベッドが軋む。沖田くんのスイッチいれちゃったかも、と気づいたときには遅かった。

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露草