B-3
「お、お邪魔しまー…す」
結局「俺はなまえ先輩なら大歓迎ですぜィ?」なーんて甘いあの言葉に完全にやられてしまった私は会社から歩いて数十分程の所にある沖田くんの家に来ていた。
後先考えずあんな言葉一つに乗せられてしまう私はつくづく単純というか現金というか。ただの馬鹿。
でも沖田くんのお家に来た今になって私はここに来たことを激しく後悔していた。
だってここ沖田くんの家だから当たり前だけど、すんごい沖田くんの匂いがする、心臓がもたないかも。
部屋だって私より綺麗に整頓されてるし、シンプルだけど男の人らしい…って、なんか変態くさいぞ私。
「なまえ先輩、先に風呂入りやす?」
「へ、風呂?」
「雪ですこし濡れただろィ、だから先に入った方がいいと思いやすけど」
「あ、うっうん。そうだね」
風呂と聞いて一瞬、なんか変な事を想像をしてしまった。
それを打ち消すように首を左右に振る私を見て沖田くんはニヤリと笑う。
「なまえ先輩、今なに考えやした?」
「ちがっ…!今のは、」
「一緒に風呂入りやす?」
「入らない!」
完全にからかわれてる!
沖田くんといるとすぐペース乱されるから困る。
「これ使ってくだせェ」っと渡されたバスタオル片手に私はそんな事を思った。
「着替えは用意して洗濯機の上置いときやすから」
「うん、…ありがとう」
でも、やっぱりどこまでも沖田くんは優しい。
********
一日の汚れを洗い流し温かい湯船に浸かりながら私は色々考えた。
出たら沖田くんと朝まで二人きり。
別に何かあるとか変な事期待してるわけじゃないけど、何話そうとか、平常心でいられるかなとかちょっと楽しみな反面色々不安もある。
この状況はある意味、私にとって気持ちを伝えるチャンスなのかもしれない。けどまだ私にはそんな勇気ないし…。
ぶくぶくとなんだか気持ちまで湯船に沈んでいくようだった。
だが、そんな事を考えてる場合じゃなくなる程の問題が、これから私を待ち受けていたのである。
「…え、?」
お風呂を出てバスタオルで身体を拭いてから沖田くんが用意してくれたであろう洗濯機の上に置いてある「着替え」を見て、私は小さく戸惑いの声を上げた。
洗濯機の上には真っ白な男用のTシャツが一枚。紛れもない沖田くんのものである。
それ以外、他になにも用意されていなかったのだ。
最初は何かの間違いだと思って洗濯機の横とか後ろとかに何か着る物が落ちてないか確認したが残念ながら何もなかった。
多分彼の言う着替えはたったこれ一枚だけなのだろう。
(っやられた…!)
完全に油断しきってた。幸いさっきまでつけていた下着だけは残されているがそれ以外の服は雪で濡れたため全部リビングに干してある。つまり私にはこの目の前のTシャツ以外に他に着るものがないわけで。
しかも冬だし、このままこんなとこに裸でいても風邪を引く。
羞恥心に苛まれつつ、渋々Tシャツに袖を通し、最大限シャツを下に引っ張り下着が見えぬよう努力しながら脱衣所を出た。
「っ沖田くん…?」
そしてリビングまで来たはいいものそこに沖田くんの姿はなかった。
どこ行ったんだろう、いないならいないでこの格好を見られないですむから私的に有難いけど。
不思議に思いながら辺りを見渡すと、テレビの前にある黒いソファーの上でワイシャツを着たまま横になり眠っている沖田くんを発見した。
人にこんな格好までさせといて、呑気に寝てる…。
ちょっと腹ただしいけど、沖田くんの寝顔を見るのはあの日依頼。前はよく観察する余裕もなかったからなんか新鮮だ。
普段の雰囲気とは全然違って、すんごく可愛いから…全部許そう。
私は小さく微笑んでその場にしゃがみ沖田くんの栗色の髪をさらりと撫でた。
最近沖田くんは他の部署に手伝いも行ってたし仕事もすごく頑張ってた。
きっと疲れてるんだろう。
なのに今日は私を泊めてくれて、やっぱ優しい…
「沖田くん…私はー…」
言いかけた所で、その先の言葉は呑み込んで、私は沖田くんの頬に唇を寄せキスを落とした。
ちゅっと小さなリップ音が部屋に響いて消える。
そしてゆっくりと顔を上げた瞬間、沖田くんの瞼が開いて、目が合った。
「っ…おきた!?」
「なまえ先輩」
「ご、ごごごごめん!」
まさかこのタイミングで起きるなんて。
驚きのあまり飛び上がって、慌てて距離をとろうとしたけどそれより先に沖田くんの腕が腰に回ってきて引き寄せられた。バランスを崩してそのまま沖田くんの上に倒れこむ。
「寝込みを襲うって…なまえ先輩って意外と大胆ですねィ」
耳元で沖田くんのそんな声が聞こえて、恥ずかしさから視界が涙で歪んだ。
沖田くんはそんなのお構い無しに私を抱き枕みたいにぎゅっと抱きしめる。
「っ…なんで、今起きちゃうの」
「俺は最初から起きてやしたよ」
「えっ!?」
「実は寝たフリだったり」
「っ最低…!」
離せ馬鹿!っと腕の中でもがいてみても無駄な抵抗だった。
というか寧ろそれは逆効果で暴れたせいでTシャツが肩からずり落ちる。
沖田くんはそれを見てニヤリと笑った。
「想像してたより遥かにエロかったですねィ、先輩のその格好」
「…なんか他に着るのがあると助かるんだけど?」
「あっても渡さない」
「…こんのっ!」
「というか先輩、さっきなんて言いかけやした?俺の頬にキスするまえ」
「っそれは…」
突然の沖田くんの問いかけに私は息を飲んで視線を逸らした。
あの時、沖田くん私は…、好きだよって言いかけた。
でも言わなかったのは、言葉にするのが怖かったからで。
「あんな所で区切られると気になって仕方ねェつーか。変な期待しちまいやす」
「…っ」
「でも先輩、今日俺の事避けまくってし」
「…っき、気づいてたの?」
「あんな露骨な避け方されたら誰だって気づきまさァ」
ですよね…。
逃げぐせあるくせに逃げるの下手すぎんだよ私。
「先輩の気持ちってほんと難しい」
「……ごめん」
「突き放したり期待させたり。小悪魔?って感じでさァ。こんな気持ち掻き乱されるの初めてでィ」
「別に、そんなつもりはないんだけど、」
「俺はこんなに好きなのに。ねぇ先輩は?…先輩は、俺の事どう思ってんでさァ」
はっきり言ってくだせェよ。
沖田くんの紅色の瞳が射抜く様に私を真っ直ぐ見つめる。
私を抱きしめるその腕にも僅かに力が篭った。
もう誤魔化しは効かない、逃げられない。そんな気がして、私も沖田くんを真っ直ぐ見つめた。
言葉にしないと伝わらない事もある、ってほんとその通りだ。
私がどんなに沖田くんを思ってても伝えないと、沖田くんを不安にさせてしまう。
だから沖田くんが今言ってくれたみたいに私もちゃんと口にしなきゃ。その気持ちに返事をして、
覚悟を決めて私は沖田くんのシャツをぎゅっと握った。
私が気持ちを伝えたら沖田くんはどんな反応するだろう。
いつものポーカーフェイスを崩して驚くの?それとも意地悪な顔して「やっぱり」って笑うの?
……答えはもうすぐそこに、目の前にある。
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露草