「うらみちさぁんどこ行くんすかぁ」

「トイレ」

「あ、店のトイレ今故障中なんで奥の休憩室の使ってくださいね、バックヤード入った突き当たりを右です」


飲み始めてから暫く、一番に酔いが回ったのはやはり兎原くんで。
せっかくだし少しくらいはバーでお酒飲んでみたかったけどNGが出たので仕方なく一人だけノンアル。不本意だったけどそんなの忘れるくらい美味しかった。

隣に座ってた裏道さんがトイレに立ち上がり姿が見えなくなったとこで、ずいっとカウンターから身を乗り出してきた猫田くんはとても一個下には見えない。
最初に挨拶した時タメ口でいいですよって言われてこれが噂の人たらしかと思った。


「まあトイレ故障中とか実は嘘なんですけどね」

「え、」


小声で囁いて、猫田くんはにっこり笑った。


「だって裏道さんの彼女とか、詳しく話聞きたいでしょ〜」

「知らん」

「俺は聞きたい!」


右隣に座る熊谷くんは相変わらず面倒事には首を突っ込まないスタイル。
さっきまで裏道さんが座ってた椅子を陣取り兎原くんはちゃっかり距離を詰めてきて。完全に囲まれてしまった…。


「つかなまえさん慰安旅行の時そんな酔ったんスか?」

「っ、それが…私はそんな覚えてないんだよねえ」

「泥酔して兎原の悪口言ってましたよ」

「それは嘘!」


いつもしれっと適当なこと言うな。

フッとまた鼻で笑った熊谷くんはあの日の夜の事、また何か知ってる気がしたがとても怖くて聞けなかった。


「でもほんと意外だなあ、あの裏道さんが彼女には過保護なタイプだったなんて」

「言うほど過保護かな…?」

「頑なに酒飲ませないし、実はあんまり感情出さないだけで裏ではめちゃくちゃ独占欲とか強かったりして?裏道だけに」

「うわくそつまんな」

「兎原に言われたらおしまいだよ〜」


お酒の場だしある程度こういう話題は覚悟はしてたものの。
変なとこで強ち間違ってなさそうなことをニコニコ口にする猫田くんに余計なこと喋ったら制裁を受けるのは私なんだぞ!とは言えず。とりあえずはははと笑っておいた。


「体育会系は性欲強い奴も多いって言うし、ねえ?」


ねえと言われましても。

困って左右にいる体育会系に助けを求めたら目が合った瞬間、どちらにも露骨に逸らされてしまった。

グラスに入っていた氷がカランっと音を立てる。
「おかわりいる?」って聞かれたからお言葉に甘えて頷いた。


「ついでに裏道さんにもサービスで作っとこ」

「裏道さんは甘いの飲まねえぞ〜」

「タダって言えば飲むでしょ。後これ、隠し味」


カウンターに新しいグラスを出して、裏道さん用に作ったお酒に何やら白い粉を混ぜ出した猫田くんに兎原くんと目を見合わせながら固まって。


「ねえ今なに入れたん、捕まらない?」

「危ないやつじゃないよ。マンネリ化しないために俺から二人へのサービス、今日裏道さん家に泊まるでしょ?」

「いらない!そんなサービス!!」

「まあまあ」


口振り的にだいたい予想がついてしまった。

バタンと遠くから扉が閉まる音、少ししてトイレから戻ってきた裏道さんは揉める私達を見て不思議そうな顔をしながら、兎原くんを退けて再び席に戻った。


「…なに話してたの?」

「な、なにも?」


引き攣ってしまう口角。
こちらを見て怪訝な顔をしながら、いつの間にしれっと目の前に置いてあったグラスに裏道さんが口をつけてしまった。

「甘、なにこれ」と眉間による皺にぎくりと体が跳ねる。


「サービスの猫田オリジナルですよ」

「普通にまずい」

「ありがとうございます〜」

「褒めてないよ」

「それより終電とか大丈夫ですか?遅くなる前に今日は帰った方がいいですよ」


カウンターに肘をつきながら相変わらずニコニコ笑顔で。
猫田くんに言われてスマホを見た裏道さんに「そろそろ帰る?」と聞かれて大変気まずい。困って兎と熊を見たらひらひら手を振られてしまった。…裏切り者!

結局お会計を済ませ、二人を残して先に店を出ることに。


「なあ猫田、さっきのマジでなに入れたん?もしかして媚「砂糖だろ」

「うん、ほんとは砂糖だよ。熊谷よくわかったね」

「マジかよ、なまえさんめっちゃ勘違いしてたぞ。目でSOS出してた」

「なんか面白そうだったからちょっと揶揄ってみた、変な勘違いした方が悪いってことで?」

「お前…だからバツ2なんだぞ」


残ったメンバーのそんな会話は、知る由もなく。







家に帰って裏道さんからお風呂に入り。

入れ替わりで私もシャワーを浴びる。
お風呂から出て急に襲われたらとか色々考えてたらつい身体を洗うのに時間がかかって長湯してしまった。

ちょっと逆上せたかも。
髪を乾かし熱ったまま脱衣所を出ると、ベランダで煙草を吸っていたらしい裏道さんもリビングに戻ってきた。


「なんか顔赤くない?」

「ちょっとのぼせました…」

「すぐ寝る?」


問いかけながら乾かしたばかりの髪をわしゃわしゃ撫でられる。
いつ猫田くんが盛った薬が効いてくるか気が気じゃなかったけど、見上げた裏道さんはいつもとなんら変わらない様子で。

頷いて二人でベッドに潜り込む。

思ってた展開と違ってなんだか拍子抜けした、…時だった。


「で?」

「…えっ、で…とは?」

「気づかれてないと思った?なんかあったろ」

「な、なんにも…」

「俺にうそ突き通せると思うんだ」


もしかしなくても、嵌められたかもしれない。

この時を待ってたと言わんばかりに話しながら、途端に詰めてくる裏道さんに身を引いてるうちベッドの隅に追いやられ背中と壁がぶつかった。
まずい、頭ではそうわかってても薬を盛ったなんて言ったらそれこそどうなってしまうのか。


「黙るってことは無理矢理言わされたいの?」

「…っま、」

「待てない」


唇ではなく、耳に触れた生温かい感触に「っひゃゎ、」と変な声を上げてしまった。

力が入って突っ張る私の足を這うように撫でる骨ばった手。
裏道さんの手が素肌に触れると、元々のぼせたのも相待って体の奥がゾクゾクする感覚に襲われる。

これじゃあどっちが薬盛られたか、わかったもんじゃない。


「みみ…っだめです、や、めて」

「言ったらやめたげる」

「や、ちからっ抜け、ちゃう」

「だめっていうわりにはさ、」


わざと吐息がかかるように耳を犯していた舌が離れて、顔を上げた裏道さんと目が合った。


「目、とろんとしてる」

「っ、みないでください…!」

「やだ」


もしかして、実は薬効いてるの?って思うくらい。
いつにもなく、今日の裏道さんは意地悪だ。

そしてまだ諦める気はないのか探るように真っ直ぐこっちを見てくる。


「ノンアルにしろって言われたから怒った?」

「それは、別に気にしてません。そもそも…怒ってません」

「なら…俺が堂々と彼女って紹介しなかったのがやだった、とか」


あ…それ気にしてたんだ。

口を割らない私にどうしてもなにがあったか知りたいらしい裏道さん。
ちょっと可愛く見えてきちゃって、口角が緩むのを我慢しながら首を振った。


「じゃあ猫田にたらしこまれたの?」

「猫田くんってやっぱりそんなイメージですか?」

「そんなんだろあいつは」

「たまらしこまれてはないです。…けど、その猫田くんが、薬を盛ったんですっ裏道さんに」

「…なに、薬って」

「だから、多分…エッチな、やつだと思うんですけど」


言いたくなかったけど、絶対見逃してはくれなさそうだし。
動揺を隠せなかった自分とそもそもいらんことしてくれた猫田くんが恨めしい。

裏道さんはいまいちピンときてないのか、険しい顔して何度か目を瞬いたあと「ああ、」と声を上げた。


「あの甘い酒か」

「……ですっ。」

「絶対入ってないだろ。入ってたらこんなもんじゃ済まないだろうし」

「じゃあ、やっぱり騙されたってこと…?」

「なんでそんな流れになったか知らないけど、がっかりした?入ってなくて」


「顔に出てるよ」なんて囁きに、またずるいこと言うなとは思ったけど。
言われてみれば確かに見てみたかった、いつも余裕たっぷりな裏道さんの顔が歪むとこ。

こんなもんじゃ済まないって…なら一体どんな風に、なるんだろう。

ほんとはずっと期待してからソワソワして…それを悟られたくなかったから、言い出せなかったのかもしれない。

自分の事なのに今更妙に腑に落ちてしまって。

じっと見つめて裏道さんの首に絡めるように、腕を回す。
近かった距離を更に縮めて自分から、唇を押し当てた。

よく裏道さんがするように下唇を舌でなぞったら、ぴくりと肩が揺れた気がして。


「……変な薬盛られたの、なまえの方なんじゃないの」

「…い、いや…でしたか?」

「やじゃないけど、…珍しいなと思って」


もう一度キスしてみる。なんだかいつもと違う照れたような反応が見れると、クセになりそう。
攻めたくなる気持ちちょっと、わかるかも。


「ふっ、はぁ…」


捩じ込んだ舌を精一杯絡めてみるけどやっぱり裏道さんみたいにうまくいかない。
後頭部に回った手、結局途中から絡めとられた。

ちゅく、と唾液が絡む音に無性にゾクゾクと掻き立てられしまう。なんか、今日…私の方が全然、だめかも。


「はぁ…、うらみちさん……したい、かも…えっち」

「ねえ、ほんと盛られた?」


少し驚いた顔した裏道さんにまたふるふる首を横に動かす。


「なら期待してたんだろ、こうなると思って」

「っん…ちょっと、だけ」

「腰、もう浮いてる」


内腿をわざとらしく撫でる手に身を捩った。
焦らすような動きに耐えられなくて、せがむように首に回した腕に力を込めるとまた口を塞がれて。


「んっ、ん…っ、はぁ…」


絡む舌、息する暇もないくらいに何度も奪われる。あぁ、だめだ、きもちい。

ただ夢中で貪って、だんだんと力が抜けてく感覚に多分今、すごく締まりのない顔してるはずなのに。そんなの気にする余裕すら、もうない。

唇を離すとプツと切れた糸に、ただ裏道さんを見上げた。


「…はぁ、うらみち、さん…」

「…なんて顔してんだよ」

「っぇ、」

「悪いけど、今日優しくすんの…たぶん無理」


そう言ってシャツを捲り上げた裏道さんの瞳もまた、いつの間にやらおんなじように熱帯びていて。

結局どちらも薬なんて盛られてないのに、猫田くんのせいでいつになく…濃い夜になってしまった。


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露草